エッセイ2008年11月


105.フジェール最後のシフト他。
(11月11日更新)
おとといLes Fougères(レ・フジェール)最後のシフトを迎えた。4年前Cafe Henry Burger(カフェ・アンリー ブルジェ)に移った時から週1回手伝いに行っていただけで、その時点で送別会までやって貰ったくらいだから、私としては今更大した事だとは思っていなかったのだが、寧ろ周りの人達が過剰とも思える反応をするのに驚いてしまった。人によっては私が、トロントLoons(ルーンズ)時代からずっとパート夫妻と共に仕事をしてきたと誤解しているくらいだから無理も無い。何しろ私が働き始めた1986年2人はレストランをオープンしたばかり。それが今や超有名レストラン、超有名シェフ夫妻になってしまったのだから、もしずっと一緒だったら確かにこれはドラマだ。実際ここ数年でフジェールもパート夫妻も益々有名になった。おとといも例のレシピ本がまた別の賞を受賞したと聞いたが、ほんの数週間前にはチャーリーが首都圏ベスト10シェフに選ばれたばかり。何年か前にルーンズで働いていたと言うカップルが、レストランの名前どころか、パートと言うファミリーネームすら覚えておらず「チャーリーとジェニファーと言う夫婦がやっているレストランを探しているのですが・・・」とオタワのレストランで尋ねたらすぐ分かったという話があるくらいだ。チャーリーもジェニファーも実にありふれた名前である事を思えば驚異的な話だ。
しかし私は常に彼等と共にいた訳では勿論無い。ルーンズを出てヨーロッパに行き、10年近く経ってこのフジェールにやって来た。そして、1998年には永住権取得の為一端日本に帰国し、暫くお台場のホテル日航東京などにお世話になっていた話などもこれまで何度も書いてきた通りである。しかも、ルーンズを去った時も、1998年に帰国した時も送別会を開いてもらったので、過去3回送別会を開いてもらった計算だ。大体こちらではあまり送別会などやらないらしく、私以外の人の送別会は2回しか記憶に無いが、1人で3回やってもらった従業員は後にも先にも私だけという事になるのではなかろうか。黙っていれば今回もやろうなんて言い出されかねないが、流石にそれは・・・。
こういう風だから何となくずっといる様な誤解をされるのも何となく分かる。いやジェニファーまでもがそういう錯覚を起こしているような感がある。私の方も20数年前出会った小さなレストランを始めたばかりの新婚夫婦がカナダ首都圏料理界の顔になるまでの道のりとずっと付き合い、参加してきたと言う感慨はあるが、周りが思っている様にこれで終わりだとは別に考えていない。今の2人のスーシェフ、マリオ、クリスだって2人共出戻り組だし、先の事は誰にも分からない。少なくとも私は別に他所の地域に引っ越す訳でもないので、これからも首都圏料理界で年中顔を合わせ、一緒に仕事する場面もありそうだ。
話は変わるが、結局ソーシェに就任したグレッグが精神的に少しおかしくなって辞めた。まさか新しいポジションが原因と言う訳でも無いだろうが、それにしても皆ソーシェに就くと潰れるというのは理解に苦しむ。ソーシェはフランス料理の花形ポジションで私など早くソーシェになりたくてたまらなかったものだったが。
新体制がうまくいっていないのが明らかなのでロメインがシェフ ド ソーシェ兼任に戻り、彼が休みの時はパディが、パディの体調が十分でない時は私が朝から通しでやると言う極めてオーソドックスな解決策しかないようだ。まあ、本来シェフ、スーシェフがここに立つ方が自然だから、これはこれで良いのだが。
何れにせよ、いよいよフジェールのシフトが終わり、来週からスケジュールを根本的に組みなおす事になるだろう。
それにつけても11月になったら企業会員に絞られ、ぐっと暇になる筈が結構一般のお客様も昼から入ってくるし(寧ろ夜は週末を除けば暇になったが)、幹部が少し休みを取るとか言う話は完全に何処かへ行ってしまったようではある。

106.新スケジュール。
(11月16日更新)
結局パディ等と何度かミーティングを重ね、私もフジェールを辞めた事でもあり、全面的にスケジュールを見直して、ロメインが休みの週2日は私が夜も残ってソーシェをやると言う事で正式に決定した。グレッグがいなくなって以来数週間、ロメインは週休1日(時にはゼロ日)で、彼が休みの1日はパディがソーシェに立っていた訳だが、毎回翌日にはげっそりして腰にも激痛が走っているようなので、どうも現場に立つには未だ無理がある。逆に昼間はサミュエルがいるし、ジェレマイアもソーシェは出来るのだから、メニューとミザーンプラスの予定表をしっかり立てておけば、何も毎朝私が7時に出勤するまでの事は無い。もっとも、メニューとミザーンプラスさえ・・と簡単に言ったものの、1週間分の(来る週も土、日を除き、毎日ブッフェがあるので)メニューを予め作り、仕込み、仕入れの手配をするのは意外と難作業ではある。前にも書いたが、普段、と言うか今までは前日かせいぜい2日前くらいにブッフェ メニューを作っていた。これは食材やその日の天候などを考慮したり、お客様情報(アレルギーや嗜好など)もぎりぎりに変更される事も多いからだ。特に仕入れについてはまた別の問題で、先週事実上の総支配人であるオペレーション ディレクターのステファンからメールで、仕入れ代が大幅に超過していると言ってきたばかりで、時機的に最悪なのだ。余分な注文は出来ないし、冷凍庫に眠っている在庫をうまく加工して使って行く事を考えなければならない。
オーベルジュであり、レストランの伸びでホテルの評判を上げてきたとは言え、逆から見ると調理場が突出している分、何かと言うと風当たりが強い。オーナー直轄の経理部長と人事部長の2人は別格として、ホテルにはステファン以下11人のマネージャーがいるが、そのうち4人が調理場と言う待遇を考えれば当然の帰結ではある。確かにこれはある意味異常だ。Spaの責任者も兼ねるステファンを除く10名は、宿泊に1人、フロントに1人、バンケットに1人、メンテナンスに1人(このセクションは、そもそも1人しかいないのだが)、ハウスキーパーに1人、これに調理場の4人を加えれば残りは1人、これは当然メートル・ドテル。という事は第2メートル ドテルやバー、ラウンジの責任者に至るまでメートル・ドテルを除くサービスの幹部は誰もマネージャーでは無い訳で、その一方調理場ではシェフ、スーシェフにシェフ ド パティシェまでがマネージャーなのだから、ちょっとでも数字に響いてくれば責任追及となる理屈だ。給料的には平ウエイターの方がチップで稼いでいるくらいかもしれないと言うのに。
ともあれ、今日、1週間分の全ての手配を済ませた。今の所調理場の全体人数は揃っているので、今日の日曜日などは、そういう手配を行なう(日曜日なので仕入れの手配は、予定を立てたのみだが)時間はあって、先週までの日曜日とは大違いだ。日曜日のブランチも私が監督する事で、パディは月曜から金曜までの平日の昼を中心にマネージメントと渉外に戻ってもらい、私とロメインで調理場の指揮を取るという以前のパターンに暫く帰る事になる。
とりあえず私も定期的に夜のソーシェをやるのは久しぶりなので、明日から3日間は慣れるため連続して終日やり、翌週からはロメインの休む火曜、水曜の2日間、少し遅めの出勤で、夜まで通しでやる事にする。元々こういう状況で、こういった形のスケジュールにする為にフジェールを完全に辞めたのだから計画通りではあるのだが。

107.昼と夜の業務。
(11月30日更新)
全然更新しないうちにもう11月も最終日である。まあ前回書いた内容が実践に移されて特に大きな変化も無かった所為もある。あれから毎週1週間分のブッフェ メニューと昼のスケジュールを週の始めに作って掲示板に張り出して昼のメンバーにミザンプラースを進めておいて貰って週2回、ロメインの休みの日はゆっくり出勤して夜も残ると言うパターンを続けている。いや、パディは調子に乗って?「こうなったらNakiに毎日夜を中心にやってもらった方がいいかな」とか言い出したくらいだ。つまり私がソーシェ、ロメインがガルド・マンジェと言う体制で、昼間は自分が仕切って実際の調理はサミュエルを中心にやっていったらどうかとの考え方だ。勿論その方が夜は体制を固められるが、うっかりこれを引き受けたら昼のメンバーから文句が出そうなので断った。そもそもジョルジュが去ってパディが就任した時、彼が夜を引き受けるから私に多岐に渡る昼の業務を任せるので、このままスーシェフとして残って欲しいと言う話だった。その事は当時のエッセイに書いた通りだ。
パディが最近昼を中心にやると言っても、調理場に立つ為ではないし、朝一で出勤してくる訳でもないのだからサミュエル等に負担がかかるのは目に見えている。そんな事をやっていると、またどんどん皆辞めてしまう可能性が強い。
夜は週2回、後は必要がある時だけ何時でも夜入れる体制にしておけば良いだろう。
一般の人達から見れば夜のソーシェの方が難しいと思われるかも知れないが、実際には夜の方が楽なのだ。肉のメニューの子羊や鹿をロゼ(中心がピンク色になるよう)に焼き上げるより、寧ろ目玉焼きを自分の思い通りに焼く方が難しいと言う話も以前書いた通りだ。勿論これには多少の経験を必要とするが、ソーシェに立つ人間なら誰でも出来る事だ。
また今まで私が夜働く時は緊急事態のような場合ばかりだったのでソーシェとアントルメティェを兼務するとか、ミザンプラースの時間も無いとか切羽詰った状況が殆ど。いや今も私が昼ソーシェに立つ時は大抵アントルメティェを兼務しているのだからアントルメティェが1人、ガルド・マンジェが1〜2人、パティシェが1〜2人と言う十分な人数を備えた夜の仕事はその意味でも楽だ。昼のメニューはア・ラ・カルトにブッフェ、バー、ラウンジのメニューと色々あるのもさることながら単にア・ラ・カルト メニューだけ取っても、夜より価格を抑えた食材で作る分、かえって技術的なものが要求されるのだ。ちょっと見には分からないが、食べてみれば違いの分かる人ははっきり感じ取ってしまう。逆に言えば夜は高級食材を使える分、料理人としては面白い部分がある。ただ良い食材はそんなに手をかける必要は無く、普通に料理すれば十分おいしいものだ。たまには・・と思って最近の自分の写真をギャラリーに加えておいた。何となく臨場感を感じていただければ。