33.相棒から森の人へ
(4月15日更新)
いきなり意味不明のタイトルで恐縮だが、何の事は無い。車を変えたというだけの話だ。去年度のエッセイはタイトルが大袈裟な物が多かったし、今年度は軽く始めようと思ったまでである。前の車はスズキのサイドキックと言う車で、日本ではエスクードの名で通っている車だが、サイドキックとは英俗語で「相棒」と言う意味であり、今度の車はスバルはフォレスター、まあ他に意味もあるが、取りあえず一番それらしい「森の人」と訳しておこう。考えてみると、1986年に初めてカナダに来た時買った車もスバルであった。それから数えてカナダで買った車はこれで5台目だが全て日本車である。ヨーロッパでは何台かオートバイに乗っていたが、これも全て日本車。別に日本車だからと言って別に日本で作っている訳でも何でもないが、日本のメーカーと言うと何となく安心してしまう所がある。別に車に限った話ではなく、電化製品でもソニー、パナソニック、東芝などをつい選んでしまう。しかし残念ながら日本製品の神話が消え去った事は誰よりも我々日本人自身が一番良く知っている事である。私たちに最も関係の深い食品メーカーもしかり。F社の事件は記憶に新しいが、日本の食品メーカーの杜撰さは最早枚挙に暇が無いと言っても過言ではあるまい。利益を追求するのは企業の使命ではあるが、何故日本製品が世界に受け入れられてきたかを忘れては本末転倒になってしまう。殊に人の口に直接入る食品や、乗り物などもろに命に関わってくるような物を作ったり扱ったりしている人達は、こだわり過ぎとさえ揶揄された日本人職人の原点に帰るべきでは無いだろうか。
夜の新メニューは2週間ほど前からスタートしたが、今私は昼のアラカルト メニューとバーのおつまみメニューに取り組んでいる。バーのメニューには日本食のアイデアも入れてカジュアルながら変化をつけて欲しいと言う要望も有り、野菜をたっぷり目に入れた一口メンチカツに茶そばのサラダを添えた物や、餃子なども入れてみようと思っている。フランス料理のオーベルジュとは言え、バーのおつまみくらいは、こういうのがあってもいいだろう。メンチカツも餃子も以前のエッセイで書いた余りものの牛肉を使って作る目的もある。肉だけでなく野菜も、例えばトゥルネ(面取り)に剥いた後の残りを転用する事ができる訳だ。メンチカツなどはむしろ添え物の茶そばサラダの方が原価率が高いくらいだ。少しこだわって日本のパン粉を使ってはいるが。こういったものが売れれば帳簿上の材料費に乗らない材料から利益が出るので、フォアグラやトリュフを買う資金にも成り得る。勿論素性のしっかりした肉、野菜を使い、経験を駆使しておいしい物に仕上げて出そうと言うのだから、どこかの国の官僚のように汚い手段で機密費を蓄えるのとは訳が違う。正統的なやり方で、お客さんを喜ばせて利益を上げる。それが飲食業の掟ではないだろうか。
ところで昼のアラカルト メニューにも1点だけ和食のアイデアを入れた牛あばら肉の味噌漬け焼き、和風ラタトゥーユ添えというのを入れてみるつもりだ。まだまだ寿司以外の日本食は日本食レストランに行かない人達にはなじみが無い。少しは紹介したいと思う。もっともこちらはバーのおつまみメニューでは無くフランス料理として出すのだから味醂や酒を味噌と合わせる代わりに地元産の調味料を中心に味噌と合わせたマリネードを使う事にした。更にこれを料理する時はミルポワの野菜(肉を柔らかくする酵素を持つパイナップルもこのミルポワに加えたりもして)フォン ド ヴォーを加えてイタリア料理のオッソブコ風調理法で仕上げている。試食会では新アラカルトメニューの中で最も好評だった。
ついに我がオーベルジュ 「ル・ムーラン」がウタウエの観光協協会から料理に関して最優秀の賞を先月受けた。ジョルジュ ローリエ前シェフの残した料理の遺産がようやく認められ始めた格好だ。ここからが私個人にとっても挑戦かもしれない。
34.料理の難易度
(4月27日更新)
ようやく全てのアラカルト メニューが完成し、一息ついたがそろそろ又団体が毎日何組かは入っている状態なので昼間のブッフェ メニューの方は毎日作っている。サラダだけでも毎日6種類、デリカテッセンが12種類前後、デザートが5〜6種類、スープにピザにサンドウィッチまでが軽食でメインは肉料理1品、魚料理1品、Feculent(炭水化物・・というか「ケベック州の厨房から」の2.皿の構成をご参照下さい)、野菜がそれぞれ1品づつという構成だから(デザートも6種類つくがこれは大抵の場合パティシェに一任している)毎日考えるのは中々しんどいが、メインの肉料理、魚料理、それにスープはなるべく自分が作るようにしている。そのメインの内容だが、これはなるべく定番の料理、例えば肉料理は今頃の季節だとナヴァランと呼ばれる春野菜と牛肉を一緒に煮込むシチューのような物もよくやるが、昨日はブフ ブルギニョン、今日は若鶏のフリカッセ、明日の土曜は80人規模の団体も入っているのでローストビーフのリヨネ−ズ ソース添えと言うフランスなら家庭やビストロからレストランまでどこでも出しているような物にしている。ところがメートル ドテルからは「フリカッセと言うと我々フランス系には野菜のフリカッセのイメージしかないけど、若鶏のフリカッセと言うと?」そしてシェフ ド ソーシェのロメインまでがフランス人の癖に「リヨネーズ ソースってどんなソースですか?」などと聞くのに至ってはあきれてしまう。何故なら「若鶏のフリカッセ」も「リヨネーズ ソース」もフランス料理のバイブルと言われるオーギュスト エスコフィエ著のLe Guide Culinaireに載っている料理だからだ。日本のフランス料理界だってエスコフィエを読んでなければ馬鹿にされるだろう。ロメインなどは若くしてソーシェに抜擢される新進気鋭の料理人だが、若い頃には有りがちの新しい物にはよく挑戦するが古典にはまるで目を向けないと言う傾向がある。こんな頃だから当然彼自身はブフ ブルギニョンや、若鶏のフリカッセのような普及された料理は作ろうとしない。だが誰もが作るような料理だからこそお客さんの目も厳しく、料理人の腕が試される。昼のブッフェにこういうメニューを入れるのはやはり需要から考えるからだ。創意工夫の料理は「シェフのお勧め」のようなメニューでやるとして、昼間の、しかもブッフェは肩肘張らずに食べられる定番が喜ばれる。
大体料理は簡単に見える料理ほど難しく、複雑な工程を経る料理は手順を間違えなければ、意外と失敗しない物だと思う。プロの料理人でも駆け出しの子などは「目玉焼きなら得意なんですけどね」とか言ったりするし、家庭の主婦の方でも「目玉焼きくらいしか作れない」などと言っているのをよく耳にするが、実は目玉焼きに自由自在に火を通すと言うのは中々至難の業である。オムレツなどは確かにコツを覚えるまでは難しそうに見えるが、一端覚えればまず失敗しないだろう。白身と黄身で火が通る温度の違う卵を皆それぞれに好みの違うお客さんのニーズに合わせて100パーセントコントロールするのは実は子羊を焼くのより、はるかに難しいのだ。逆に言うと基本を守り、古典から学んだりした上で新しい物を作っていかないと、独りよがりで実際には奇をてらっただけにしか見えない料理になってしまう危険があると思う。