エッセイ2007年11月



53.棚卸しと会計監査
(11月1日更新)
1日からいきなり自分が読者でもあまり読みたくないようなタイトルで恐縮だ。昨日は1年の総決算的棚卸しの日だったのである。勿論棚卸し自体は毎月やることだが、この総決算の場合翌日、つまり今朝会計監査が入るので、ホテル内の経理部長にだけ提出するのとは訳が違い、砂糖数グラムまで計算しなければならない。パディは未だ体調が完全回復していないが、明日からのオタワ フード&ワイン ショーが明日から3日間開催され、これにうちも参加して数品の前菜、デザートを展示する為、これに備えて体調を整えておきたいと言うので、私が中心になって昨日丸1日かけて調べ上げた。今朝もパディは会場の方に下見に行きたいから、会計監査は宜しく頼むと私に言い残して行ってしまったので、結局私が後を引き受ける羽目になってしまった。先週もパディはずっと調子が悪かったが1日、イベントに参加した日はわりと調子が良かったので、基本的に彼はイベント好きなのかもしれない。そう言えばカフェ・アンリー・ブルジェ時代も彼はイベントには積極的だった。対照的にジョルジュは有名シェフだけに必ず及びがかかるし、参加せざるを得ないが本来はあまりイベント好きではなく、「こういう事ばかりやっていると普通のお客さんへのサーヴィスが低下してしまう」とよく私に漏らしていた。先週のイベントと言うのは国立芸術センターの総料理長カート・ワルデール シェフが自らが最近癌にかかって手術したのをきっかけに募金集めのパーティを主催、首都圏の主だったフランス料理店のシェフを全員集めて1品づつ作ってもらうというものだった。現在首都圏でフランス料理界古参の重鎮と言われるのは4人。日本流に言えば4天皇と言う事になろうか。それがこのカート・ワルデール氏、元シャトー・ローリエ ホテルの総料理長キース・ジョーンズ氏、リドークラブのラティフ・エルカドゥディ シェフ、そして私やジョルジュ、パディ等の師であったロベール・ブーラッサ氏だ。当然今回のイベントもロベール・ブーラッサ氏の仕切りで、ジョルジュやフジェールのチャーリー、其の他にも私の知リ会いは何人か参加していた。このイベントにはパディがロメインを連れて行き、今回のフード&ワイン ショーには週末とあって中堅を一人だけ連れて参加するようだが、相変わらずいつも留守番(ジョルジュが上記で語ったようなポリシーに賛同して志望して留守番しているようなものだが)の私にはこういう余分な仕事がどんどん回ってくると言う訳である。
いつもながら話が大分横道にそれたが、件の会計監査は、棚卸しで在庫を水増ししていないかとか、実際には雇っていない幽霊社員がいないかとか、総合的にチェックしに官僚らしい正確さで朝9時半きっかりに予告どおりやってきた。もっともこっちは不正な事は一切やっていないから、別に気にするほどの事もない。私の立会いの元に、抜き打ち検査の為冷凍庫のロールパンまで引っ張り出して、数えたり、冷蔵庫の子牛の下処理をした肉を計って「4.2キロと書いて有りますが2.3キロしかありませんね」などと鬼の首を取ったような事まで言い出したので、「ああ、それは計った後でうちの者が筋などを掃除したからですよ。掃除した筋等はここにあります(例によって屑肉を生かすのが私の得意とするところだから、全部取っておくよう普段から指示しているので)」と持ってきてこれを計ると、当然の事ながら1.9キロ、合わせれば元の4.2キロになるから文句の付けようも無く、このお陰でそれ以上は抜き打ち検査は続けなかった。
こういうのを調べる役人自らが、それこそ水増しだとか、幽霊社員だとかをやっている国も何処かにあるようだが、いかに正直に正統的にやって、仕事を成り立たせるかが、プロの矜持であろう。勿論簡単な事ではないが。
ましてや飲食業界が偽装まみれになっている今の日本の現状は同じ業界に身を置く者として、あまりに恥ずかしい。
ところでまた話は変わるが、日加タイムスさんに掲載していただいた記事は全文をそのまま「ケベック州の厨房から」のコーナーに記載しておく。先月の新聞だし、私についての記事だから、そのまま引用させていただいても大丈夫だろう。仮名遣い等も原文のままだし、内容もディテールに関して正確でない所もあるようだが、普段このエッセイを読んでくれている方なら分かる事だからあえて修正はしないでおく。
54.ケベック日系料理人協会の構想。
(11月6日更新)
去る土曜日(11月3日)、オンタリオ州ヒューロン湖岸の町ベイフィールドにあるリトルインと言うホテルでフロント係兼日本人観光促進担当係として勤務している重田まり子さんからメールをいただいた。ル・ムーラン・ウエイクフィールドはケベック州のオーベルジュではあるが、Ontario's Finest Innsに所属しており、同じくこれに参画しているホテルに勤務しているている重田さんが日加タイムスの記事を見て連絡してくれたのだ。彼女の記事も7月13日号の日加タイムスに掲載され、それまで0に近かったお客様の数が飛躍的に増えたと言う。うちのオーベルジュは交通の便から言えばもっと有利なのだから、あの記事をきっかけに日本人のお客様が増えてくれると良いのだが。
それにしても元はこのウエブサイトがきっかけで、大分交友関係が広がってきて、嬉しい。Yahooなどでは、ケベック州と言うキーワードだけで調べても上位の方でヒットするようになったらしく、トロントに住む父の友人の栗田さんと言う元カメラマンの方がこのサイトを見て、日本に連絡して征矢監督の息子ではないかと言ってきたとか言う話も聞いた。栗田さんとは初めてカナダに来た1986年、いざと言う時頼れる人が一人くらいいた方がいいだろうと言う親心で、父から紹介され、電話で1度だけ話をさせていただいたが、実際にお会いした事は無い。当時の私は1年だけの海外生活というつもりだったので、勉強の為日本人とは極力接触しない方針だったからだ。まさかそれからずっと海外生活が続くとは・・・
ところで、これもウエブサイト→日加タイムス→色本編集長という流れから知り合えたシャルルボアの鈴木シェフから電話を頂いた話を8月の「ウタウエの食材」で紹介し、その時電話の内容は別の機会に書くとしたまま大分時間が経ってしまったが、実はそのときの内容が今回のタイトルであるケベック日系料理人、及びパティシェの協会の構想で、鈴木シェフが立ち上げようとしているこの非営利団体にお誘いいただいたのである。鈴木シェフと言えば、つい先日カナダ在住の日系人として初めてケベック州のグランシェフ(Professionnel Cuisiniers)の認定を受けて益々乗っているところだ。ケベック日系と書いたが、出発点はそこに置き、行く行くはカナダ全土、アジア系全体に広げてゆきたいお考えのようだ。その為の第1回のミーティングが昨日モントリオールで開かれ、昨日は日帰りでモントリオールまで行ってきた。月曜日は私の唯一の定休日だが、結構キャンセルになることもあるので2週間も前から、この日は予定が入っている事をパディに伝えておいたのに、案の定スケジュール表の月曜日に私の名前がちゃっかり載っており、パディ自身は月曜から水曜まで3連休となっていた。2週間前に「モントリオールに行くので」と伝えた時には「Nakiは休んでないから火曜日も休んでいいよ」などと調子のいい事を言っていたのだが。火曜日の休みなど最初から期待していなかったが、今更モントリオール行きを止めるつもりはなかったので、ロメインに早めに出勤してもらうよう頼んだ。いや、営業だけなら別に問題ない(火曜日の分までブッフェのメニューを作り、手配を済ませてあったし)のだが、色々電話がかかってきたりする時に責任者はいませんではまずいのだ。内輪の恥だからこの話はこれだけにして、肝心のミーティングの話を書こう。出席されたのは鈴木シェフ夫妻(2人で来られて、誰がLa Museの面倒を見ているのかと思ったら閉めてきたそうだ)、フランス料理などのアイデアを和食に取り入れているモントリオールJUNIのオーナーシェフ池松純一さん、同じくモントリオールでペーストリー ショップYukiを経営しているオーナーシェフ パティシェのYukiko Sekiyaさん、日加タイムスでケベック州の記事を担当されているリポーターの小柳美千世さん、それに私のとりあえず6人という少数でのミーティングだった。池松シェフの事は前々から噂に聞いて知っていたが、ユキさん(Yukiko Sekiyaがどういう字を書くのかも聞き忘れてしまい、間違った漢字を書いたら悪いので、カタカナでごめんなさい)の事は寡聞にして知らなかった。大都会モントリオールともなれば凄い日本人がいくらでもいるのだろう。こっちは田舎から出てきて道に迷わないかと鈴木シェフが送ってくれた地図を睨んできょろきょろしながらたどり着いたという感じ。東京生まれの私もすっかり田舎の人間になってしまったのか・・・いや、単なる方向音痴の所為だろう。
会議は鈴木シェフの熱い思いに終始した。一々全部書いていたら大変な事になるが、一言で言えば日本人の料理人、菓子職人としてケベック、カナダの社会に貢献していこうと言う主旨である。具体的にはやはりとかく骨格のしっかりしないフュージョン料理が増える中、フランス料理も日本料理も、あるいは他の分野の料理もしっかり特徴を見据えた上でお互いに取り入れていく体制を整えるのが一番の目的と理解した。他にも色々計画しておられるようだが、それはおいおいこのサイトでも紹介していく事になろう。私は長い事「人は人、自分は自分」と言う感じで生きてきたが、その一方で多くの人に助けられてきた訳で、いわばずっと恩恵を受けるばかりだったと言う事。最近そろそろこちらが貢献できる事を探す時期だなと感じていたので、タイムリーなお話をいただいたわけだ。諸先輩方が日本人の力量を示してきてくれたお陰で、私程度でもケベック、カナダ社会で居場所を与えられるような時代になったし、こういう会を発足させる機は熟しているとも言えよう。(全員の写真はPhotoのページをご覧下さい)
ところで話をしていたら、どうも鈴木シェフ夫妻はこのウエブサイトをまめにチェックしておられるようだ。そういうことを意識して書くとエッセイにならないので、これからも好き勝手な事を書かせてもらいたいが、やはりちょっと恥ずかしい。
モントリオール日帰りの翌日はつらいので、今日の出勤は8時か、あるいは9時になるかもしれないと部下に伝えておいたが、鈴木シェフや池松シェフの話を聞いていたら、私の考えはまだまだ甘いなと反省し、いつも通り7時には出勤し、時間に余裕がある分一手間かけてブッフェのメインコースを仕上げる事にした。その甲斐あって、今日は3つ団体が入っていたが、3つが3つとも「シェフにおいしかったと伝えて欲しい」と言い残して帰られ、特に中の一つ、フランス系の女性ばかりのグループがシェフを呼んでくれと言われて、挨拶に行くと、何と拍手で迎えられてしまった。特に私のCourge de Musque(*英語名はバターナッツ スカッシュだが、多分日本語名は無いと思うので原語表記にしたが、南瓜の一種です))のポタージュと肉料理の子羊腿肉の詰め物のブレゼを気に入ってくださったそうだ。特別なパーティでもない限り、こんな事は滅多にあるものでは無い。やはり人間自分より上の人達から刺激を受けていた方が良いとしたものだ。
ただし、今日は早く仕事を切上げさせてもらった。そういう所が甘いと言われそうだが、実は今晩は何とたった9人のお客さんでホテル全体が貸しきられ、外には10人以上のSPという特殊状況で残っていても意味がなかったのだ。我々従業員のフルネームから車のナンバー、出入り業者まで綿密に調べ上げてからやって来た。いったいどんなVIPかと思われそうだ。米大統領に次いで暗殺確立世界2位と言われた当時の(今もそうかもしれないが)ムシャラフ大統領を迎えた時もこんな騒ぎにはならなかった。(エッセイ36.「ジョルジュ・ローリエ氏の今」参照)のだから。しかし、実態はカナダの政府関係者。それも閣僚とかそう言うのではなく、テロ対策関係者の会議という訳だった。詳しく書くと差しさわりがあるかもしれないので控えるが、9人でホテルもレストランも貸しきりとは豪勢だ・・・けど、これってやはり税金から?
どうも今回はあっちこちに飛び過ぎて、いつまでも終わりそうに無いのでこの辺で更新する事にする。
55.
シャルルボアの食材
(11月13日更新)
実はモントリオールに行った際、帰りに鈴木シェフから山ほどシャルルボアからのお土産を頂いてしまった。特にロースト用のエミュー(ダチョウに似た鳥)と鴨の胸肉は部下達にも試食してもらう為職場に持っていった。丁度鴨のフォンがあったので、鴨の胸肉にはビガラード ソース(鴨のフォンを使ったオレンジ系のソース)、エミューにはこれも鴨のフォンから取ったボルドレーズ ソースと言うシンプルな組み合わせでいただいたが、どちらも歯ざわりが絶妙だった。否、お土産は他にもいただいたのだが後は自宅で自分だけで食べたり、使わせてもらったりする事にした(笑)。鈴木シェフからはその後熱いメッセージのメールが何度か来ている。やはり一番焦燥を感じておられるのはのは『ケベックの食を知らない日本人、そして日本の食をまだまだ理解していないケベック、カナダ人』の存在のようだ。私と鈴木シェフではレベルは違うが、置かれている環境は似ているので、そのジレンマはよく理解できる。
ところで、私は留守番だったが、例のオタワ フード&ワイン ショーで日本の魚貝類を中心に輸入しているモントリオールのTrue World Foodと言う会社の久志田さんと言う方からパディが名刺を貰ってきて、新しい業者を開拓している折でもあり、「良かったらコンタクトを取ってみないか」と言っていたので、直接連絡を取る前にモントリオールのJunさん(池松シェフ)に先日のお礼のメールを出したついで・・・と言うのも失礼な話だが、御存じないか聞いてみた。ところがJunさんの返事よりも早く久志田さん本人が「今オタワにいるので・・・」と連絡をくれたので早速会ってみる事にした。ご本人曰く「Junさんには頭が上がらないので、あの人に言われたら何処へでも行かないといけないんです」との事で、(うーん、流石Junさんだなあ)と内心驚嘆したが、家に帰ってJunさんからのメールを見たら彼はJunさんの後輩なのだそうだ。メールには「これも何かの縁で・・・」とあったが、それ自体は驚く程の事ではない。池松純一シェフの薫陶を受けた人がモントリオールを始め、あちこちに山ほどいると言う事だろう。勿論仕事は仕事、会は会(何しろ非営利団体だし、しかも未だ立ち上がってもいないのだから)、一切そういう話はしなかったので、久志田さんの方は私とJunさんがどういう関係なのか分からなかったようだ。もっとも名刺に書いてある私のメールアドレスはnaki@nakisoya.comだから、ちょっと勘のいい人ならこのページを捜し当てて見るかもしれないが。True World Foodさんの商品はJUNさんとも長年取引していると言うだけあって魅力的な食材が多いが、予算の枠もあるし、パディ以外にもオーナー、経理など幹部と又ミーティングを重ねないとGoサインは下りないだろう。特に今月は仕入れが既に超過していて話が切り出しづらい(笑)。しかし、この地域はジビエが売りとは言え、おいしい魚なら食べたいと言うお客さんも多く、そのニーズに答えうる魚貝類が手に入りにくい状況にあるので、できればこういう業者さんを一つ抑えておきたい所だ。こういったものを仕入れる為の予算を捻出する為に他の食材を賢く使うよう考えるのが私の仕事でもある。今回の話はタイトルの「シャルルボアの食材」からは大きくずれてしまった。エッセイと言っても日記よりは人に読まれる事を意識して書いていると言う程度の代物なので御勘弁を。