エッセイ17


44.調理場でサイバー犯罪?

(8月14日更新)
8月も半ばに突入してしまった。本来なら唯一の休日である今日も普段と何ら変わりなく仕事をせざる得ない程忙しい。去年の今頃は週1日はしっかり休んでいた様な記憶がある。もっともその前、つまり2年前、3年前はやはりこんな感じで、特に3年前など5週間程休み無しだったことがあったと思う。あれは確かル・フジェールのチャーリーとジェニファーが揃って休暇を取ってヨーロッパに行ってしまった為に身体が開いている日は全てそっちに行っていたからだった筈だ。
8月も後半に差し掛かると、日々の忙しさに追われているばかりではなく、秋やクリスマスの事など先々の事も考え始めなければならない。こんな風だから余計1年が早く感じられるのだろう。
ただでさえ忙しいこの時期に数人最近辞めたので人の入れ替わりで新しい料理人のトレーニングや、未だ空席のポジションもあるので大変だ。以前よりこのオーベルジュの評価が格段に進歩した為、履歴書は結構送られて来てはいる。しかしやはり誰でも良いという訳にはいかないのだ。私としては今経験が浅くてもやる気があってポテンシャルなひとであれば全然かまわないのだが。
数人辞めたと書いたが、実はここだけの話(日本語のページ内と言う意味で)、一人は解雇と言うのが真相である。それも度肝を抜くような理由だがシェフ用オフィス(調理場の片隅にあり、ドアで仕切られてもいない)のコンピューターから他の従業員たちの給料明細などのファイルに勝手にアクセスしたと言うものだ。この話を聞いて、どんな人物像が思い浮かぶだろう。パソコン世代の若い男の子・・・辺りではなかろうか。ところが実際は私と同世代の女性である。詳しくは書けないが、およそパソコンとは無縁の生活をしている人ながら、3人の子供を抱えて苦労しているだけに人の給料や自分の待遇が気になって仕方なかったのだろう・・・と言う話だが、本人は否定したまま辞めて行ったし、私が事実関係を確認した訳では無いのでこれ以上憶測で物を言うことは控えたい。それにしてもいかに北米でコンピューターが浸透しているかを物語る出来事であった事は確かだ。そもそも個人データ保護の時代なのだから、当然この種のファイルにアクセスする為にはパスワードが必要だ。パスワードを知っているのはシェフ、スーシェフ、メートルドテルといったマネージャークラスのみ。彼女がハッカーとは思えないので誰かがアクセスしているところを後ろから見ていたのだろうという話だった。これは有り得ない事ではない。前述の通り調理場とシェフルームに仕切りは無く、すぐ後ろは作業用のスペースになっているのだから。もっとも私について言えば、シェフが不在で止むを得ない時、しかも周りに誰もいない時しかアクセスする事は無い。これはセキュリティ意識の所為というより、性格的なものだ。要するに周りがどたばたしている時にセンシティブなファイルを見たくないのだ。彼女が去って数日後、若い男の子が休憩がてら件のパソコンでインターネットにアクセスしていたので、流石に私もナーバスになり、「私の許可無くそのコンピューターを使用しないでくれ」と叱る羽目になった。勿論これは事件の後、上層部から「部下の出すサインを見逃すな」と煩く言われたからでもあるが、今時パソコンと言えば学校にあっても会社にあっても誰もが使って当たり前になっているところがあるから当人はきょとんとしていた。彼は休憩しながら他愛もないサイトを見ていたに過ぎないのだから、煩いオッサンくらいに思ったのだろう。私としても理由を説明する訳にいかないのが辛い所だ。私がこの世界に入った20数年前は言うに及ばず、ほんの10年前でも調理場でこんな心配をする時代になろうとは思いもよらなかった。パソコンは確かに便利ではある。日本語版だろうが、英語版だろうが、フランス語版だろうがウインドウズはウインドウズ、ワードはワードなので、会社で作りかけのメニューを自宅へメールに添付して送り完成させて送り返すなんて事も簡単に出来てしまう。またインターネット無しの時代に戻るのも嫌だ。しかし考えてみると危うい状況なのかもしれない。
45.ウタウエの食材
(8月27日更新)
「Bon appetit ケベック」などと言うタイトルを掲げているわりに近頃ケベック州の食の話から離れていたので、今回は少し地元の食材の話など書いてみたい。以前「地元の食材」と言うタイトルで同じようなテーマの話を書いた(エッセイ7.地元の食材)。その時もセント・ローレンス河が海に通じていて、海産物も手に入れやすい鈴木シェフが羨ましいと書いたが、実際ここは新鮮な魚貝類を手に入れるのが困難である。今時の流通事情からすれば、業者さんがその気になればいくらでも入荷可能だろうと思うが、これも以前書いた様に、この辺りの住人には古くからの習慣か、元々魚貝類の苦手と言う人が多い。つまり需要と供給のバランスから言っても業者さんも冷凍保存などに力を入れないと商売が成り立たないところがあるようだ。現在のメニューのメインコースで使っている魚は昼は岩魚、夜は紅鮭と鮪を出している。岩魚と紅鮭に関しては安定しているし、昼間の岩魚などはかなりの人気商品でもあるが、鮪は大きく品質に幅があり、返品する事もしばしばだ。返品したってメニューには載っているのだから、何処からか使える物を手に入れなければならないのが大変である。魚の事は日本人に聞け・・とか言う神話?がある様で、総料理長のパディもソーシェのロメインも目利きは私に頼むし、そもそも魚貝類の仕入れは私の担当になっているのだ。未だしもブッフェのメニューであれば、その日の朝に電話して良さそうな魚を選んでメニューを作ればいいのだから楽ではある。
一方でこの地方の売り物と言えば、やはりジビエと言う事になろうが、カナダ全国で、人口に対して最もレストランの多いこの地域で、全てのレストランに供給しているのだから、意外と品切れになったりもする。私もこのウタウエのフランス料理界に10年以上はいるので、それなりのコネはあるのだが、普段他所から仕入れていて、無くなったからそこに頼むと言うのは難しい面も有り、ジビエの仕入れの方はパディとロメインが担当している事もあって、あまりでしゃばった事も出来ない。昼間のメニューでバイソンが安定供給出来ず、豚肉料理に変えたと言う話は「ケベック州の厨房から」に書いたとおりだが、実はこのウエイクフィールドにはバイソンを育てている牧場があったりする。日本の鮪の産地である大間で、以外と地元の人の口にはいい鮪が入らないと言うのに似て、ずっと遠くに出荷したりしているようだ。尤もこんな状況は馬鹿馬鹿しいので、今交渉中である。秋のメニューには是非バイソンを加えたい。バイソン・・水牛と言うのは極上の牛肉より脂肪が少なく、赤身が多いほど喜ぶカナダ人のお客さんにも人気がある。鹿などは車で撥ねるほどいる訳だが(苦笑)。
ところで実は中々一晩で更新出来ず、昨夜魚の話を書き、今夜ジビエの話を書いているのだが、昨日鈴木シェフの話を書いたばかりと言うところに、本日当の御本人から職場に電話がかかってきた。日加タイムスの色本編集長に聞いて、お忙しい中このウエブサイトを見てくださったようだ。電話の内容は別の機会に書こうと思うが、こんな風に交友関係が広がるのは非常に嬉しい。