- 22.オタワ フード アンド ワイン ショー
- (11月16日更新)
- ようやくジョルジュが休暇先のフランスから帰ってきた。2週間とか言っていたが、よく計算してみると3週間近くはいなかったはずだ。留守中に首都圏の代表的レストランによってオタワで開催されるフード アンド ワイン ショーが挟まれていたと言うのもひどい。大体彼はこの手の催し物があまり好きではないのだ。しかし、こっちはとばっちりと言うか、オタワにも人を派遣しなければならないし、営業はあるし、中々楽ではなかった。我がル・ムーラン ウエイクフィールドは、このイベントの一環として行われるエピキュリアン アワード(美食家賞とでも訳すべきか)の優秀レストラン賞で銅賞を受賞したが、ル・フジェールは同部門で金賞(何しろカナダナンバーワン ソムリエを輩出したばかりだし)、サービス部門で銅賞を受賞した。大体ル・フジェールは英国系のオーナー シェフである為、ケベック州では最近まで無視される事すら多かったが、オンタリオ(オタワはオンタリオ州)などカナダの他の州での評価は以前から高く、私がシェフ パティシェだった頃、英語系全国紙で全カナダ2位のレストランに選ばれた事もあった。フランス語系の新聞ではこれまた長い事無視されてきたが、流石にここ数年はケベック州でもある程度評価され始めてはいる。最も名前はフランス語だが、ル・フジェールはあくまでカナダ料理の店であり、正統派フランス料理の店とは認められていない。確かにチャ−ルス パート シェフの育った英国では日本に負けないくらい国民食であるカレー ライスは必ずヴァージョンは変えつつもメニューに載っているし、パスタなんかも出しているから、まあ当然ではあるが。何しろ移民の国カナダ。カナダ料理と言ってしまえば何でも有りと言っても過言では無い。チャーリー(再三述べているように今年で丁度20年の付き合いである彼に今更パート シェフなどと仰々しく書くのはやはり照れる)と奥さんのジェニファーの2人三脚でやってきた店だが、相当な大名経営で細かい原価計算などまずやったことが無い。チャーリーの実家はロンドンで王室御用達の貿易会社をやっていたし、ジェニファーのお父さんは元駐米、駐英カナダ大使を歴任した超大物外交官。裕福な家庭で育った二人が自分たちが行きたいようなレストランを目指して作ったのがル・フジェールと言う店だと言える。しかし、それだけの元手があれば効率のいいビジネスは幾らでもあっただろうに、あえて3Kなこの世界で、自分たちも調理場に入ってやってきた事は驚嘆に値すると思う。因みに同ショーのシェフ オブ ザ イヤーの最終候補4人にはチャーリーとジョルジュの2人が共に残ったが、共に逃し、新進気鋭のスチーブン ヴァーディ シェフが最終的に受賞した。何と授賞式のプレゼンテーターはロベール ブーラッサ氏というのも皮肉な話だ。カフェ アンリーブルジェは畳んでもやはり彼は首都圏レストラン業界、フランス料理界の重鎮である訳だ。実は首都圏のシェフ オブ ザ イヤーとなったヴァーディ シェフ自身も私やジョルジュ ローリエ シェフ同様、カフェ アンリーブルジェで修行した一人なのだ。80数年の歴史を閉じたとは言え、カナダ首都圏切ってのグランメゾンであったカフェ アンリーブルジェ恐るべしだ。そもそもこの賞は別名カフェ アンリーブルジェ杯なのだ。エピキュリアン アワードの詳細はこちらそれにしても前回ケベック州のベスト シェフやら何やらの候補に挙がったときも(エッセイ12参照)うちのシェフは不在であった。今回も私に代わりに出席したらという薦めもあったのだが、断って他の人に行って貰った。本業が間に合わなくなる可能性があったのが一応の理由だが、第一シェフ オブ ザ イヤー候補の代理なんて聞いた事もない。いかにも「虎の威を借りに来ました」みたいだ。おまけに辛くも受賞は逃し、受賞者はジョルジュの後輩、プレゼンテーターはロベール ブーラッサ氏、隣にはチャーリーなど考えただけで笑い話だ。まあ何にせよイベントも終わり、ジョルジュも帰ってきたので良かった。
- 日本と違って客席に挨拶に行く事は そう頻繁には無いのだが今日久しぶりに「あまりにも素晴らしい料理だったのでどうしてもシェフに直接お礼を言いたい」と言われ、挨拶に行った。正に興奮冷めやらぬといった面持ちのカップルから何度もお礼を言われ、恐縮してしまった。料理人としての至福の時だ。結局我々の喜びとは普通に食べに来たお客さんに普通以上に喜んでいただく・・・これに勝るものは無いのでは無かろうか。
- 23.レストランのグローバルスタンダード
- (11月27日更新)
- 大体このエッセイはタイトルが大袈裟な事が多いが、今回は特にそうだ。内容は至って単純である。一言で言って料理の世界は需要と供給で成り立っている訳で、食べたいと言う人がいれば何でも有りといえる訳だが、日本にある飲食店をケベック、カナダに移転したとして、通用するかと言う話を書いてみたい。まず言える事は日本の食文化はやはりレベルが高いと言う事。今や欧米に限らず、和食への注目度は上昇しているようだが、ここでのテーマはそういう事ではない。日本人が日本で作るフランス料理やイタリア料理はそれぞれの本国に迫るくらいの勢いだと思う。じぶんの今の専門であるフランス料理を例に取ると、一昔前はともかく、今はフランスに行かなければフランス料理は学べないなどと言う時代はとっくに過ぎており、鉄人坂井シェフのようにフランスで修行しなくたって、日本で自分のフランス料理の世界を作り上げてきた方たちは山ほどいる訳だ。誤解を恐れずに言うなら、現在フランスに渡る人達で最も多いタイプは実力は日本だけで十分つくが、所謂「箔を付けたい」という動機の人が多いと思う。それ以外の人では「やはり原点を知り、その空気に触れたい」とか「自分の作っているのは本当にフランス料理なのか確かめたい」というのが多いと思うが、今やそんな事は飛び越えてしまって、フランスでフランス料理店を開く日本人オーナーシェフが続々誕生しているのには度肝を抜かれる。そんな中今年のミシュランでは吉野建シェフの「ステラマリス」、若き松嶋啓介シェフの「ケイズ・パッション」が1つ星を獲得。数年前に平松宏之シェフの「ひらまつ」がやはり1星を獲得して以来、ついにこんな時代になったのだ。近い将来今までフィクションの世界でしかいなかった2つ星や3つ星の日本人オーナーシェフも誕生するかもしれない。フランス本国でさえそうなのだから、日本の実力あるフレンチシェフがケベックで店を開けばきっと成功する事と思う。アメリカ大リーグももう日本人選手抜きには考えられないほどになったが、日本人は結構相手の土俵で相撲を取るような事に長けているのかもしれない。私なども励まされる道理だ。そんな訳でフランス料理に限らず、日本の飲食店ケベック、カナダ進出はかなり有望という結論になるのだが、欧米に通用しにくい日本の店というのはどういうものだろうか?私見だが真っ先に思い浮かぶのは「こだわり頑固親父の店」だ。いやいや料理にはいくらこだわったっていいのだが、何を勘違いしているのかお客さんに偉そうな態度をとったり、あまっさえ怒鳴り飛ばしたりするのはどういう神経によるものか。お客さんの前で従業員を叱るのも論外。舞台裏を見せるなと言いたい。「店は汚いが、料理は3つ星級」などというのも開いた口がふさがらない。星で格付けする事を広めたミシュランは、料理の味だけで星を与える事はありえない。特にヨーロッパ系の人達にとってレストランは食事をする為だけの場所ではないからだ。中で大事なものを焦がしたとか、肝心の材料が品切れになったとか言うパニック状態に陥っても壁を隔てたダイニングでは優雅な時間が流れていると言うのが一つの理想だろう。散々こき下ろしたが、「こだわり頑固親父の汚いがうまい店」は日本国内ではOKなのだ。何故なら冒頭で書いたように食の世界は需要と供給が全てで、そういう店に行きたいと思うお客さんがいれば何でも有りなのだから。そして日本には「店は汚いが料理はうまい」というのに美学を感じたり、わざわざお金を払って親父に怒られたいという奇特なお客さん層が間違いなく存在しているからだ。私は日本に帰国した時でもそういう店には行きたくないが。
- 話題はガラッと変わるが、堅い話ついでに書くと本日11月27日カナダ連邦議会下院は「ケベックをカナダ連邦内の“ネーション”として認める」とするハーパー首相の動議を賛成266、反対16の圧倒的大差で可決した。これはケベック独立を目指すケベック連合が提出した「ケベックをカナダ連邦から完全に分離、独立したネーションとして認める」という動議への対抗動議としてハーパー首相が「ケベックがカナダ連邦の中でネーションを作るならイエス、しかし完全独立国家としてのネーションを作るのは認めない」という立場から出されたものだ。国家の中の国家というのも日本人の私には理解しがたい発想だが、枢密院議長兼、州問題担当相兼、スポーツ担当相のマイケル・チョン大臣は投票前に辞任、棄権した。大臣のコメントは「カナダは分裂する事のない一つの国家で無ければならないと言うのが私の信念」と言うものだったが、首相の方針に真っ向から対立する訳ではないが賛成は出来ないとなったらきっぱり辞任してから棄権するというのは潔い。「首相には完全に反対、でも大臣は辞めたくない」などという政治家の態度はそれこそグローバルスタンダードに合致しない。
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Harb
徒然なるままに 11月
essai