エッセイ2011年2月


219.アイアンシェフが来ようとも。

(2月4日更新)

 休暇後いきなり忙しくなかったのは幸いだったが、今週は先週と打って変わって忙しかった。結局週の半分は朝から晩まで一切休憩も無しだった。
 それと言うのも今はオタワの冬祭りウインタールード(フランス語名は雪の舞踏会を意味する“Bal de neige”昨年のエッセイ参照)の真っ最中だからだ。特に昨日、今日はそれぞれ十分な宴会が入っているのに加え、今日当博物館で行われたマイケル・スミス(Michael・Smith) シェフの食の祭典の為に大騒ぎだったのだ。マイケル・スミス シェフと言えば有名な料理番組「Chef at large]等数番組のホストシェフで、カナダ版料理の鉄人が出来れば鉄人第一候補といわれる人物だが、実はこのエッセイではやはり書いて置くべきであろう裏話がある。

 それは本来このイベントは「Chef at large」と同じくフードネットワーク(今までにも何回か書いたが、北米最大の料理専門チャンネル)の数々の番組に出演するモントリオールのスターシェフ、マルタン・ピカール(Martin・Picard)氏が担当し、彼のケベック料理が振舞われる筈だったと言う事。ところが、彼が使う予定であったフォアグラに動物愛護団体からクレームが付いた。ご存知の様にフォアグラは鵞鳥もしくは鴨(おそらくケベック料理としては彼は鴨の方を使っただろうと思うが)に大量の餌(通常トウモロコシ)を与えて太らせた肝である為、動物虐待であるとしばしば言及されてきている。我々から見れば今更・・・と言う抗議。少なくとも日本でフランス料理のシェフがフォアグラを使うからと言って動物愛護団体が中止を呼びかけてくることは考えにくい。寧ろ、使わないほうが不自然なくらいだ。

 とまれ、こうした事情から急遽“カナダのアイアンシェフことスミス氏”に差し替えられる事となったのだ。しかし、125カナダドル(税別)で有名シェフの料理が食べられるとあって、450名の定員はあっという間に一杯になった。このイベントの為に2日間地元の調理師学校アルゴンキンカレッジから15名の研修生が来たし、勿論スミス氏自身パティシェなど数人連れてきていた。イベント当夜には結局うちのスタッフと合わせて総勢32名の料理人が450名の為にサーヴした。通常1000人クラスの宴会でもせいぜい10人〜15人程度でやると言うのにだ。つまり調理場スタッフの殆どがこの宴会に割り振られた訳だ。この夜私が担当したレストランの宴会は140名でビュッフェ形式。私の所には自然博物館の調理場から手伝いに来た3人が配されて総勢4人。しかし、この方が楽だったのは言うまでもない。何しろ大宴会場の方はマイケル・スミス シェフの他にうちのマイケル・ダニエル総料理長、その他シェフクラスとしてマニー、リテッシュ、イブが総出。32名の料理人中5人も“シェフ”と呼ばれる人間がいて、それぞれ違う指示を出したりするのだから、一般の料理人達もたまったものではない。せっかく著名シェフの妙技を間近で見られると言うのに「Nakiの下でレストランの宴会をやりたかった」とげっそりして述懐する者がいるのも心情的に分らなくはない。

 自然博物館の子達は以前私の下で研修していたから気心が知れているし、サーヴィス陣も宴会スタッフが手一杯の為、私の担当する宴会の5名のサーヴィススタッフ中4名は普段からレストラン スタッフとして一緒に働いている人達ばかり。このイベント自体は本当に楽だった。しかし、昨日も忙しかった昼の営業や夜の小さなコースメニューも全部1人でやったし、この2日間の文明博物館の大騒ぎの中で、私1人が別空間にいたような気分だ。実際人で溢れかえっていた1階のメイン調理場に比べて、マックスで4名の2階のレストラン調理場は静かなもの。マニーなど意味も無く2階に来て、「ちょっとここで休ませてくれよ」などと言い出した始末だ。

 そんな訳だから、せっかく著名シェフが来ても私にはあまり関係無かった。マイケル・スミス氏はとにかく長身(2メートルを遥かに超えた)の人物と言う印象だったが、「調味料や道具で足りないものは全て2階のレストランシェフに聞け」とでも言われたらしく、2回ほど「シェフ(私の事)、○○はありませんか」と中々丁寧に聞きに来たのが彼との唯一の接触だった。因みに彼の連れてきたスタッフ数人も私に色々借りに来たが、この人達の方が余程偉そうだった。

 これは私が傍で見た感想だが、マイケル・スミス氏は人々の大きすぎる期待を持て余している様に感じた。彼もきっとプリンスエドワード島の自分の調理場で普通のお客様に情熱を注いでいる時の方が良い顔をしているのではないだろうか。

 レストランの方の宴会は恒例の花火の時間になると、寒くてもベランダに出るか、そうでなくても全員窓際に張り付いてしまうので、この時間はデクパージュの必要も無く、徐々に片付け始める事が出来た。去年は撮れなかった毎年一番人気のナイアガラの滝花火をお客様の背中越しに撮ってみた。よく分りにくいと思うが、本物のナイアガラの滝も他の人の背中越しに見るとこんな感じだったと記憶している。


220. 3日間バレンタインデー?

(2月15日更新)

 12日にはバレンタインデーの500人クラスの大宴会があって、またマイケル以下、マニー、リテッシュ、イブ、私とトック帽全員参加となった。いや、この日は他に宴会は入っていなかったので、私が単なる一員として参加したのは考えてみると久しぶりだ。当然と言うか前任のデーブが居たらやっていた筈のRational操作員として調理場に残っていた。何しろ500人クラスと言うと一度に84皿の料理を温められるRational2台をそれぞれ3回転させなければならない。おまけにnid de pommes paille(巣篭もりジャガイモ揚げ)など面倒な小技を必要とする飾りは全部私の所に仕込みが廻ってきたので仕込みの段階から忙しかった。一方で私は13日のバレンタインデー特別メニュー ブランチの準備も1人でやったからやる事は山ほどあった。ブランチ当日はアランが補佐についてくれたから楽だったが。
 特別メニューと言う割りにただのブフ ブルギニョンじゃないかと言うなかれ。これを作った後でメートル・ドテルから3ドル増しの特別メニューだから宜しくと言われたのだ。何故何時も私に知らせるのが遅れるのだ?大概1人で仕込んでいるというのに・・・。まあ、アイテムの多いのがブランチのビュッフェ メニューだから他の物(例えば魚料理はオヒョウのオマール包み焼き、アメリケーヌ ソースとか)で帳尻を合わせたが。


221.普通に近況報告。

(2月20日更新)

 当たり前の様に週末には2,3件私の担当すべきバンケが入っているが、まあレストランでやる分に付いてはやはり自分でやった方がレストランの厨房をかき回されなくて済むので良い。デーブがレストランを担当していた時はレストランのバンケも我々・・・つまり当時の宴会部門がやっていたが、その頃はリテッシュの前にはジョンと言うように宴会担当シェフは常に2人体制だったのだから当然だった。つまるところ、デーブがいなくなって私がレストランを暫く引き受ける事になって以来シェフの数は増えていないのだから、もう1人の宴会シェフのポジションは事実上空席のままと言う事だ。
 こんな風だから、週末は勿論日曜のブランチは私の1人体制が普通になってきてしまっている。今週のブランチなど先週のバレンタインデー ブランチなどより余程忙しかったのだが。大体これまたデーブがやってた頃は基本が2人。先週の様なスペシャルデーや、そうでなくともちょっと予約の多い時は3人体制だったと言うのに。定連のお客様にまで「また1人なの?と言うことは今日のお料理自体また貴方が1人で?」と聞かれ、「ええ、まあ。デザートは別ですが」などと苦笑して応える始末だ。勿論全部自分で作った方がアレルギーをお持ちのお客様などに細かく対応出来るし、色々メリットはあるが、準備に十分な時間が与えられているとは言い難いので、メニュー作りにもいささか苦労する。


222.博物館のレストランの客層。

(2月28日更新)

 2月も最終日だと言うのに朝から大雪が続いている。北国の冬は未だ先が長い。3月はマーチブレーク(学校と共に企業なども春休み・・・冬休み?を取って、多くの人が南に行く)で1月に序で暇な月だから、去年はこの月に休みを取ったが、そこそこ宴会は入っていた。
 何れにせよ今年はレストランだから、宴会が入っていなくても私のスケジュールは十分埋るが、店があまり暇にならない事を祈る。中にはマーチブレークで暖かい南に向かう代わりわざわざ世界で2番目に寒い首都に遊びに来る人だっているから(勿論少数派ではあるが)観光施設のレストランと言う性格上地元外のお客様も期待出来ない事はない。
 文明博物館内に子供博物館も併設されているから、春休みだからこそのお客様もある。先週のブランチがあんなにも忙しかったのも翌月曜日、つまり1週間前の今日がオンタリオ州の「家族の日」だったからで、あの日はそもそも博物館そのものが満員御礼。カフェテリアも滅茶苦茶忙しくて、宴会のリテッシュ、ゴードンの2人も宴会準備そこそこにカフェテリアの方を手伝っていた。そんな状況だから私の所には一切助っ人の余裕が無かった・・・って、幾ら忙しくったって、カフェテリアに10人以上も料理人がいて、レストランに1人って事は無さそうなものだが。総料理長のマイケルはあの日もそうだが、その前日からまた休暇で今も居ない。出勤している時は休みの取れない事が多いからまとめて休むにしても総料理長がこんなにしばしば休暇が取れるのもカナダならではだ。
 因みに昨日のブランチはアランがいたが(彼は1週間交代で別れた奥さんと子供を預けあっている・・・“Une semaine papa,une semaine mama”だそうな・・・のでこちらが忙しい時に身体が空いているとは限らないのだ)、まるで暇だったので、彼は早く帰して、後はやはり1人だったが、終わりは先週同様4時近くまでお客様がいて(2時に閉まるにも関わらず)、ぎりぎりまでクレープを5枚焼いてくれとか言う方もいて片付けるのは結構遅くなった。もっとも日曜はブランチが終われば(夜宴会でも入っていない限り)ミザーンプラスもなく、そのまま片付けて帰るのだから、実際には1週間で一番早く仕事が終わる、そういう意味では楽な日だ。ただし、四六時中お客様と対峙している訳だから、緊張感はある。先週も今週もグルメなお客様がいて、色々細かい注文をつけて来られたが、こういうお客様は満足すれば逆に過分な評価をしてくれるから有難い。この手のお客様は最後には必ず「À propos, Chef, Quel est votre nom?(ところでシェフ、あんたの名前は?)とか聞いてきて、定連になってくれたり、人にこの店を紹介してくれたりもする。しかし定連と言うと殆ど100パーセントフランス系、もしくはフランス語を母国語とする人達なのは寂しい。日本のお客様も時々来られるが、今のところ何時も違う方ばかりだ。
 しかし、場所柄政府の高官や外国大使館の幹部など大物もふらっといらっしゃったりするのは面白い。何よりやはり一期一会を大切にしていきたい。