エッセイ2010年4月
182.Bon appetit ケベック5年目突入。
(4月1日更新)
日本語のWebサイトを開設して早5年目に突入した。英語のページをやっていた頃から考えると10年以上になるのだから早いものだ。
今週前半は3月頭にこちらに戻ってから、初めて暇だった。結局昨日の水曜日も出勤しようとしたらマイクから電話で、キャンセルも出ているとかで休みになった。まあ、先週、先々週と休んでいなかったのでこの辺で多少休んでも良いだろう。
ただし今週末はイースターのウイークエンド。明日は6人分のデギュスタシオン(テイスティング)もあるのでその準備と、イースター ブランチの準備で結構忙しかった。以前書いたようにデギュスタシオンは6人分と言っても、それぞれ前菜からデザートまで異なった物を食べるので(そうでなければ味見の意味が無いが)、割と細々した作業があるのだ。
結構忙しいと言っても、先週までの朝から晩までの連続とうって変わって5時半には仕事が終わった。
年度が替わったタイミングだし、取りあえず今日から更新してみる事にしただけで、特筆する事も無く、エープリルフールだからと言って、別にくだらない事も書きたくない。しかし、今年度は更新回数や内容で改善して行きたいと思う。
183.680分の2.
(4月8日更新)
昨晩は1人で、40名程のグループのコースメニューを担当した。場所がカフェ・ド・ミュゼ・・調理場からエレベーターで直通だから可能な事だ。それにしてもアミューズから、前菜、メイン、デザートの3コースを1人で出せるのは例の魔法の調理機?Rationalあればこそだろう。ところが、そのRationalに転職したジョルジュが彼のお客である他店のシェフとマネージャーに機械の説明をして売り込みをかける為、博物館の調理場を今晩借りに来た。
丁度、機械の解説に打ってつけなので、メインコースを出す時ジョルジュとお客のシェフがカフェ・ド・ミュゼに上がって来て手伝ってくれた。お陰でメインは一番楽だった。「Nakiさん!また君と仕事が出来るチャンスがあるとは光栄だよ」と、相変わらずジョルジュは口がうまい(笑)。
それにサーヴィスは1人でも準備は恭子さんも来てくれたし、他にも随分手伝いがいた。恭子さんはマリオット ホテルが業務縮小で仕事が減ってきた為今週からブルックストリート ホテルで仕事を始めたばかり。博物館は相変わらずパートタイムで手伝ってくれるとの事だが、今週は唯一の休みの日であるのにも関わらず手伝いに来てくれた訳だ。
今日はまたデギュスタシオン。実はおとといもだった。この所週2〜3回ずつある感じだ。それだけ大きな宴会が先に控えていると言う事だから、その点は有難い。今日のも僅か2名だが本番は6月に680名程のグループで来るらしい。
デギュスタシオンの際には前菜からデザートまで、その度に写真撮影もし、基本的にその通りのものをお出しする契約である。今日は写真撮影まで私が自分で担当した。まあ、ここに写真を載せるには便利だ(苦笑)。そこで解説の為にメインの1つである鮭の写真を掲載しておく。野菜などは本番では一口サイズの人参、一口サイズのトウモロコシなどで作るのだが、2人前(いや、もう1人は鶏がメインで付け合せもグリル野菜だから1名分だ)に全て一箱ずつ注文する訳にいかず、あるもので代用した為、こういう内容になっている。その為ちょっとお客様の印象が変わりそうだ。それと、魚のソースはジョルジュが魚と言えばブールブラン ソースと言うのが圧倒的に多かったので今もそのまま。しかし、私は個人的にブールブランはバンケには向かないと思う。作っておいてそのまま暖めなおしたのでは当然分離してしまうし、熱々で出すためには直前にバターでリエ(繋ぐ)しなければならないが、こんな600名も700名もいるグループにそんな時間は無い。否普通の宴会場の様に調理場から会場までの距離が短ければ十分可能だろうが、そこが本来博物館として作られている建物の悲しさだ。件のバンケは戦争博物館が会場となる予定だが、あそこでは尚更だ。私がメニューを作るならまず他のものになるだろう。フェキュラント(澱粉野菜)が米のクロケットなのは中々良い組み合わせだと思う。カフェテリアのサンドイッチ用パンは当然端の方は使わないから、これを集めて生パン粉を作ると無駄が無いし、カリッと仕上がるので一石二鳥だ。
僅か2名分の食事でも、680分の2と捕らえると、考えるべき所が多々あるものだ。
184.忙しい訳では無いが・・
(4月12日更新)
日曜のブランチは忙しかったが、今週は割りと暇・・と言うか大きなパーティは無い。大きなパーティは無いのだが何となく細かいのはちょこちょこ入っているので、気が付いてみたらまた休日の予定は無い(苦笑)。月曜から金曜まで入っていて、土日は特に何も入っていないが、ブランチと言う事になる筈。
別に私としては構わない。しかし先週コンパスグループから指示が来て、安全上の理由から従業員の勤務時間を減らそうとかで「皆40時間(私のポジションでこの時間は絶対無理だろうが)に収めないと・・」とかマイクが言っていた。ところが彼の立てた私のスケジュール通り働いていれば軽く60時間は越えるだろう。
もっともドイツで週最高120時間を越える過密労働をした時でも特にそれによって安全に支障をきたした事などなかった。特に若い人達が仕事が無いと嘆くならともかく、週50時間くらいでふうふう言っているカナダの状況は如何なものか。私は1日最低16〜17時間働いていた時(最高は20時間だ!)「1日8〜9時間働く人の倍の経験年数になるな」などと嘯いたが、これは流石に強がりに過ぎない。8時間でも20時間でも、やはり現実には1日の進歩は1日分でしか無かった。ただ本当に安全上の理由と言うなら、普段40時間しか働かない人がちょっと残業が込んで50時間を越えた・・とか言う状況の方が余程事故につながり易いのではないか。
まあ、何れにしても私のスケジュールには影響ないと言う事なのか・・。ただ、最初に書いたように、今週は別に忙しくは無い。今晩のパーティなど、何と15名に過ぎない。ただし、3ヶ月前にもあった博物館の幹部会で、前回同様お任せのアミューズ盛り合わせから始まってスープ、サラダ、メイン、デザートと1人でやる分には十分仕事量はあった。何しろ口の肥えた人ばかりらしく、マイクからはデザートのチーズケーキは見た目がシンプル過ぎるからキャラメルで飾りを付けてくれと言うので久しぶりにキャラメル ケージを作った。「デコレーションに向いた砂糖があるから」と言うマイクを留め、「普通のグラニュー糖でいいよ」と応じると、「グラニュー糖で?」など言う反応だ。常温で溶けにくいデコレーション用の砂糖より、思い切り細い糸上にして、口に入れたらさっと溶ける・・チーズケーキに合わせるなら尚更その方が良いと思う。
1人でやればアミューズから、デザートまで思い通りに進められるから、少人数のパーティも悪くない。
185.400人前のポトフを作るには。
(4月26日更新)
何とまあ気が付くと2週間ぶりの更新で、全然予定と違う。相変わらず何となく休みが無い状態だ。いや、今週は何となくではなく実際忙しくなって来た。明日などは文明博物館に500人、航空博物館に380人入っている。共にビュッフェではあるが、アミューズ、スープ、サラダ、冷製料理、温製料理などメニューは共に多岐に渡っている。
特に航空博物館は文明博物館、戦争博物館に最近仲間入りした自然博物館と違い、厨房設備も無いので事実上Traiteur(ケータリング)の形になる。自然博物館だって最近まではそうだったのだから、いづれ設備が整いグループの仲間入りする時もあるのかもしれないが。とにかくそんな状態だから、暖かい料理は苦労しそうだ。スープくらいは出来れば現地でもう一度温めなおして熱々で供したいところだが、それもかなわない。スープと言っても濃度のあるポタージュだから寧ろ心配すべきはさらっとして冷めやすいメインの1つ、ポトフかもしれない。ポトフがメインの1つと言う事で分かる様にカジュアルなメニューだが、だからこそ熱々が理想だ。間の悪い事に天気予報では明日ぐっと気温が下がりそうだし。多少とろみをつける事も考えたが、どう見てもポトフのイメージから遠い、中華料理の様になってしまいそうだ。
とは言えこの鶏のポトフ、かなり邪道な作り方である事は否めない。設備等の制約下で380人前・・少し余裕を持って400人前作る為の工夫だが、正直こんな裏話の公表は賛否両論あろう。しかしあえて書く。
まず、こんな方法を取るからこそ肝心の出汁がしっかりしていないとどうにもならないので、フォン・ド・ヴォラーユはじっくりと二度手間をかけて取り、風味にも趣向を凝らした。しかし、具材に関しては全てばらばらに調理した。勿論活躍するのは例の万能調理器Rationalだ。私としてはストーブをメインに使いたいが、うちの調理場には最新調理機器の存在と裏腹にストーブは直火ではなくPlaque(鉄板)しかない。2階のレストランの厨房にはストーブやサラマンドルがあるが、火力は大して強くない。そんな事から、鶏はRationalでロースト。玉葱だけはPlaqueで少し時間をかけてシュエ(汗を掻かせるように炒める)し、セロリ等は蒸し器にかけ、根菜類はまたRationalで色づけない様にロースト。この様にばらばらに調理して、全ての温度を統一して最後に一体化させる。それぞれの具材を別の方法で料理する訳は、ポトフらしい味にする為材料が出汁を吸い込みたくなる様に、人間で言えば喉を乾かせる様にと考えての事だが、果たしてこの方法が正解かどうかは分からない。経験からきた勘だが、そのうちまた別の方法を思いつくかもしれない。それでもどうにかイメージした味にはなった。また分量も特に量った訳ではなかったが、ターゲットにしていた量ぴったり出来たのは、これは宴会料理も結構やって来たお陰。宴会料理に携わり始めた頃は僅か100人分程度でもかなり正確に量ってすら分量が足りなかったり、多すぎたりしたものだ。当たり前の事だが調理する前と後では具材の重さが違ってくるのだから、量る時注意が必要になってくる。それが量らなくても予定通りの量、それも400人前を頭で計算した通り出来る様になるまでには大分訓練したと言う事だ。
同業者が聞けば鼻で笑われそうな底の浅い話だが、案外調理場ではこんな事が進行しているものなのだ。簡単な料理でも500人前、1000人前となってくれば一筋縄ではいかない。
航空博物館は私も初体験で、事情が全く分からないので、明日は久しぶりにデーブが一緒に行ってくれる事になったのでその点安心だ。デーブがレストランのスーシェフに横滑りした後、しばらくは私が1人で宴会スーシェフをやっていたが、最近ジョンが加入した。彼は15年以上もLe Panachéのオーナーシェフをやってきた男で、今店を売りつつある。運営能力や手際の良さは流石だ。デーブも昔彼の店で働いた経験があると聞く。今はかつて私がデーブにくっ付いてこの店のノウハウを学んだように、私が彼に伝授している段階だが、遠からず大きな戦力になってくれるだろう。明日はこのジョンとデーブと私の3人だけ(とは言え全員トック帽を被っている訳だが)で航空博物館に行き、残りはマイケルの指揮で文明博物館に残る。こっちは500人と言いながら、350人くらいになりそうだと言う観測だ。
今日から宴会は新たに2人増えたし、他にも何人かパートタイムが加入したりしている。いよいよシーズン到来か。