エッセイ 2009年5月

124. 団体は多くとも。
(5月10日更新)

本日母の日は忙しかった。日曜日のブランチでお客様の数が475名と言うのはかつて無い数字で、過去最高はせいぜい300名ちょっと。この位数字が大きくなってくると300名も475名も変わらないと思われる方もいるかもしれないが、実際の感覚的には倍程も違う。これだけのお客様を受け入れる事が出来たのは1年ほど前から計画していた様に保温器などを増やした為だ。これにより2階のラウンジにももう一組ブッフェを用意し、1階と2階で文字通り倍のお客様を受け入れられる様にした訳だ。こういう前向きな検討は久しぶりだ。
以前書いたように5月、6月は団体予約は満杯状態である。明日からの40名程の団体は3日間昼だけでなく夜(夜は2日間、つまり2日半)もアラカルトでは無く、ブッフェでと言うご希望でつまり5食連続ブッフェ。冷製のものやデザートもそうだが、温製の肉料理、魚料理を被らない様にするだけで一苦労だ。何故かと言うと仕入れを規制しているが故に、冷凍庫や乾製品の棚が空っぽ状態だからだ。流石に今日のブランチは十分な食材を確保していたが、明日からの事はNakiに任せておけば良いとばかりに誰も何も準備していない。しかし幾ら任されても材料が無ければ作りようが無い。結局は同じような食材を使って、出来栄え・・・というか食べた後の印象が全く別になるように工夫していくしかない。それをやりつつ明日注文して後半の食材は何とか確保する様にする手だ。しかし、こんな方法を続けていたら緊急事態には対応出来ない。突然一組増えたり、配達が遅れたりするだけで大問題になってしまう。
せっかく団体予約が入っていても、こんな綱渡りのやり方で何か一つ破綻すれば肝心な企業会員を失う事にも繋がりかねない。また一方で、団体は5月、6月満杯と言ってもその他の個人のお客様は全然少ない。去年までの様に団体と個人でレストランもラウンジも会議室も一杯で席の確保に苦労するなんて状況は、最初に書いたように今日の母の日ブランチが久しぶりだった。
そう言う事もあって、益々仕入れが規制されるのは勿論、メニューや食材のレベルにも繁栄されていくし、備品や賄いまでどんどん絞り込む計画ばかり毎日の様にルールのなかに増えていく。空いて行く棚や冷蔵庫、冷凍庫をみると、やはり先月書いたようにパディは退任までに強引に数字を合わせていくつもりに見受けられる。
私の考え方は、こういう状況だからこそ守る部分と攻める部分があってしかるべきだと言うものだ。節約を進めるのと同時に魅力的な食材、料理を提供していく事が出来なければ、結局今いるお客様も来なくなってしまう。せめてこういった事を十分に理解してくれるオーナーとでなければ、総料理長など引き受けられるものではない。2年少し前にパディ、私、ロメインの3人でシェフをやる体制が始まった頃には、とにかくファーストフードの様に効率良く利益を上げられる業態で無い事はオーナーも分かってくれていると感じていたが、要は背に腹は代えられないほど切羽詰った状態と言う事か。
こんな事は言いたくないが、カフェ・アンリー・ブルジェが閉店に至った頃に近いものがある。
私もホテルのマネージャーの一人でもある以上、人事みたいに傍観している訳にもいかないし、難しいところだ。ただ言える事はどんどん楽しくない閉塞的な仕事になっていっていると言う事だ。
明るい話題が欲しい。やはりこのホテルでは限界なのだろうか。

125.料理人に掟があるなら。
(5月14日更新)
もうあまりこんな話題は書きたくないが、パディの最終ステージへの方針は、正直悪化して行く感がある。賄いについては今までにも毎日サンドウイッチとサラダとサンドウイッチにしようとか、そういうあまり現実的でない方針が実行に移されてはいつの間にか消えていくと言う事が猫の目の様に繰り返されてきたが、今回は1週間の昼、夜のメニューが作られた。それは良いのだが、ほぼ90パーセント出来合いのものを業者から仕入れ、火入れしたり、暖めたりするだけ。
どれもファーストフードにも及ばない出来栄えの物だ。賄いは特に経験の無い料理人には良い練習、研究になるのだから残念な話だが、そんな事は問題ではない。現在、団体を除いては暇なので毎日ブッフェをやっているので、毎日ブッフェを提供しているが、ブッフェの性質上幾ら余分に作らない様にしても多少は多めに作らざるを得ないので、転用不可能な物については賄いに廻してきたが、当然それが出来なくなる。結局閉店に追い込まれた日本の某有名和食店の様に使いまわしでもしろと言うのかと思ったら、「ブッフェの残りは全て捨てろ」と言う唖然とする指示だ。そうする事によって、賄いの経費もブッフェの無駄な部分の経費もはっきりした数字になって計算し易いからだと言う。何をか言わんやである。料理が嫌になって食に関するマネージメントの世界で生きて行きたいと言う彼の今後の為の予行演習でもあるのかもしれないが、少なくとも「食に関する」と言う部分が残っている限り有り得ない発想だ。残り物、余り物の活用で仕入れ価格を抑え、特に夜のメインコースに予算を残そうと努力してきた私の立場はどうなるのだ。
そもそもどんな仕事にもルール、掟がある。料理人に取って最大の掟の一つは「食材を徹底的に無駄なく使い抜いていく」と言う事であろう。最近「材料を無駄にしないのは世界の料理人の共通する常識であり、日本の専売特許ではない。ただ欧米の場合経済的観念からやっている様に思える・・・」と言う話をケベック日系料理人協会の機関誌に寄稿した。事実その通りなのだが、こんな身近な所で常識外れな事を言い出す人間がいるとは情けない限りだ。
賄いの話は無論一例に過ぎず、益々現場から遠ざかり一日数時間だけ出勤してきては机上の計算に終始するのが彼の日課になってきてしまっている。彼だって十分料理人としての研鑽も積んできた筈だし、これからも自分が総料理長をやって行くつもりがあれば、こんな発想の仕事にはならないだろう。
ブッフェの残り物の話だが、パディが何と言おうと私がいる限りそのままゴミ箱行きなどにさせる訳には行かない。部下達に、「捨てるしか無さそうな物は全て私の所に持ってきてくれ。全部何とかする」と指示した。例えば3回分の全く味の異なる魚料理の残りを一緒にして野菜の残りとで合わせてスープにした。これで美味しくするのは誰が考えてもそう簡単では無い事が分かってもらえると思うが、この分野には多少経験も自信もある。私の料理人としての矜持だ。

126.このロケーションは・・・。
(5月28日更新)
もうまもなく5月も終りだが、結局今月中も団体にのみ依存した結果になってしまった様だ。特に夜の営業が酷い。今月中ウイークデーの夜は毎日10人前後と言う体たらく。これでは2月は勿論、3月4月よりも落ち込んできた感じだ。もうシーズンは始まったと言って良い状態なのだから週末金土日は流石に忙しく、先週の土曜の夜などは結婚式も入ったりして160名くらい入ったりした。逆に言えばそのくらいのお客様を受け入れられるキャパシティでありながら10人前後(前後と言うからには10名以下と言う事も多い)と言う事なのだから深刻だ。
勢い昼のブッフェに重点を置かなければならないし、私も5月に入ってから完全にシフトを昼に移した感じだが、その団体にしても1日に1〜2件程度。去年の毎日4〜6団体と言うのとは偉い違いだ。それでも取りあえず毎日入っているのだが、それで夜がこの状態なのは当然団体の人達は1人として宿泊せず、3日間の会議としても3日間毎朝オタワから通ってきて朝食、昼食を取って会議の合間にコーヒーブレーク程度挟んで夕方には帰っていき、翌朝復・・・このパターンだ。
ブッフェの予算そのものも当然パディは下げる事に集中しているが、正直彼の計算には無理がある。「よく使う豚のロースを例に・・」とか言って会議に持ち出し、これではアイテムを半分くらいにしても収益に繋がらないと説明すると、一見説得力があるが、私は3日連続の団体なら1日豚を使ったら牛の屑肉を使ったミートローフを翌日にと言った方法を取っている。これは掃除する前の牛肉で既に原価を出しているので、屑肉は帳簿上ゼロ。一緒に使う野菜の値段だけだがこの野菜も夜の人参をトゥルネに飾り切りした後の端切れを使ったりしているし、ソースも豚に使うデミ・グラス ベース
のソースの代わりにトマト ソースを使っているのだから、豚の10分の1くらいの予算で出来てしまう。だから3日間の平均で計算しなければ、実質的な数字にはならない。おそらくわざと一番コストの高いものを敢えて出して自分の当初の計画通りにアイテムを減らしてとにかく退職前に約束どおりの数値を達成しようと言う意図はあるのだろう。しかしその事を考慮しても実質的な計算とずれるのはやはり自分が現場に立たないで来たが故だろうと思う。
取りあえず数値だけ達成して彼が去れば、早晩後を受けたロメインはある程度元に戻さざるを得ないだろう。そうなると、数字の上で明らかに前の総料理長は優秀だったと言う話になりそうだが、それではロメインに気の毒だ。
しかし、それより何よりお客様が増えないのが問題だ。既に機関車も戻ってきたが、ホテルの客足には殆ど影響を与えていないし、ガソリン代もまた上がり始めている。ガソリン代が低く抑えられていた時でも物の値段は結局下がらず、寧ろ高騰するばかり。こうなってくると中途半端に田舎にあるホテル(都会から日帰り可能と言う意味で)のマイナス面が前面に出てきてしまう様だ。

127.心機一転の時か・・・。
(5月31日更新)
今日で5月も終り、早くも2009年中盤である。6月は流石に忙しい。今週は月曜から土曜まで毎日30〜100人規模のブッフェがあると同時に新メニューを開始するので、休みも返上してミザンプラースと営業を両立させなければならない。
ようやく今年になって初めて忙しさが実感できる月と言う訳だが、結局ブッフェは値上げして尚且つアイテムを大幅に減らすと言う両方を同時に行なう事に決定してしまった。こうなると頼みの企業会員のブッフェも今後先細りになって行く可能性が大きいと言わざるを得ない。
正直限界を感じている。実はあちこちに声をかけ、転職を考えている。一番心を動かされるのはやはりジョルジュ・ローリエ率いる博物館グループへの参加だろうか。彼にメッセージを残したらメールで「是非宴会部門を担当してもらいたいからすぐ連絡を欲しい」と送ってきた。フランス語だったが、vite(急いで)を3回も繰り返している念の入れようで、確かにそれだけ忙しいようだ。最近彼が自分の店をやっていた頃からかれこれ15年近くの腹心であるマニー
がスーシェフの1人としてついてくれて少しは楽になったようだが、一番肝心なバンケット部門の強化が急務だと言う。何と全体の売り上げの80パーセントがこのバンケット部門にかかっているそうだ。博物館グループといつも書いているが、現実にはこれらのグループのレストランや宴会場、会議場、ケータリングは全てコンパス グループと言う会社が母体となって運営されている。この会社はカナダ全土に展開し、カナダの優良企業ベスト100に名を連ねる大企業。特に飲食業では2007年にナンバーワンに選ばれた程だ。不況と言っても強い企業と言うのは骨組みがしっかりしていると言う事か。
勿論それぞれの支社が独自の経営を行なっており、この首都圏の博物館グループのレストラン、カフェ、宴会場、会議場からケータリングまでを手がけるのがジョルジュの仕事と言う訳だ。
そんな訳でこのバンケット部門はカナダ文明博物館内の宴会ホール、ミーティングルームから出張料理まで、大きな所では千人規模のブッフェまで多忙を極める仕事と言うので、かなり心を動かされている。
本当の所一番やりたいのは殆ど自分一人でやれるような小さなレストランでシェフを務める事なのだが、何時の間にかバンケットのエキスパートの様に仕事を振られると言うのも有り難い事ではある。何と言っても私のこれまでの仕事人としての人生は人との出会いに支えられてきた事が大きい事でもあるし、そもそも今の様な田舎ホテルの副料理長になったのも彼の引きだった訳だ。
未だどうなるか分からないが、何れにしても心機一転すべき時期には来ているのではないかと思う。