エッセイ2009年3月



118. シーズンへの期待

(3月7日更新)

ずっと検討してきた昼間のメニューと、バー、ラウンジのおつまみだが、結局私が考えた新しいものをスタートするのは5月に延期し、逆に現行のメニューは内容を少し削って無駄を少なくしようという事になった。
やや後ろ向きな結論だが、本格的なシーズン到来までは止むを得ない。
昨年は1月から12月まで殆ど暇な時も無く突っ走れた感じだったが、不況の波をもろに被ってる様な印象だ。去年の今頃は不安要因と言えばガソリン代高騰による物価の上昇くらいだった。今は逆にガソリン代は下がって、割合安定している。今去年の様なガソリン代を導入したら決定的に経済ががたがたになると言うので調整してるのかもしれないと思える程だ。去年は今頃休暇を取って帰国したが、たしかカナダドル1ドルが丁度100円くらいで、米ドルとカナダドルが一時は僅かながら逆転するほど明るい要素があった。今や円高とカナダドル暴落が同時進行で進んだ結果1ドル80円を切っていると思う。勿論もっと身近に米ドルに対しても80セントくらいになっている。もっともどちらの数字も以前の状態に戻ったとも言える。今回の世界同時不況の原点がアメリカであっても、やはり米ドルも日本円もまだまだ強い通貨で、逆にカナダは他の国々(特に隣国アメリカ)が潤って初めて経済が上向くのかもしれない。
しかし、まだまだ人々が完全に余裕を無くすような所まで落ち込んでいる訳では無い。不景気だし、気が滅入るし、だからこそせめて普段節約して日曜日はホテルにブランチを食べに行こうとか、月に一度くらいフランス料理を食べに行こうとかいうお客様がいなければ成り立たない商売なのだから。月に一度フランス料理・・なんてまだまだ贅沢じゃないかと思われるかもしれないが、それはおそらくこのエッセイを日本などで読んでいる方の感想だろうと思う。何だかんだ言ってもここはケベック州。フランス語圏、フランス文化圏だ。ちょっとでも余裕があれば真っ先に食べたいのはフランス料理となるのは寧ろ当然ではないだろうか。
しかし去年と比べて明るい要素もある。例えばようやくこの夏には蒸気機関車が復活するようだ。去年書いたように私の職場たるホテルは蒸気機関車の恩恵を直接的に受ける訳では無い。駅の周りの軽食店で大抵の人は食事を済ませるし、ウエイクフィールドで最も歴史的な建造物でとして当ホテルを訪れ、序に食事もとなると注文してから食べるのに15分くらいしかない何て事がしばしば。メインコースだけ頼めば何とか可能なように対応させていただくが、お客様がサンドウイッチくらいなら早かろうと判断して団体でサンドウイッチなど頼まれては、肉や魚より余程時間がかかってしまうし、軽食なら前述の様に駅周辺にいくらも・・いや去年相次いで閉店に追い込まれたが、いくつかはある。
機関車で来て一泊して翌日機関車で帰る・・・と言うプランが可能なら理想的だが。しかし、そういう直接的な事ではなく、ウエイクフィールドを象徴する蒸気機関車が復活すれば町が活性化するし、車で来るお客様にとっても森と川を駆け抜けて来る列車を見物したり、汽笛の音を聞いたりするのが楽しみになっているのだから。
来週からパディが休暇を取るので、急いで現行の昼、バー、ラウンジ メニューの縮小化を行なったが、勿論これとは別に企業会員のブッフェもあるし、とにかく質を落とさず、賢く節約していく為に、彼の留守中もやる事は山ほどありそうだ.。

119.たまには褒めたい祖国。
(3月20日更新)
パディが休暇中なので、予想通り雑務が多い。普段から調理機器が壊れて修理を呼ぶのは毎週何かしらあるのだが、去年の夏新調した出汁用の大型ストーブが調子悪いので業者さんに連絡した。ところがパディが何処に仕舞ったのか保証書が見つからない。購入した時のセールス係りに連絡を取ろうと電話すると既に退社したと言う(苦笑)。
それにしてもこちらの調理機器の故障率には呆れるばかりだ。去年購入した時点で二つのオーブンの温度調節機能が壊れていた(早い話が不良品)話はその時書いたが、それ以降も度々故障しては修理を頼んできた。一気にグリルとストーブ(10個のバーナー、2つのオーブンが一体化した物)、そして今回壊れた(これも今までに何度も修理を頼み、特にガスのホースはこれまた最初から不良品だった感じで小爆発を起こしたくらいだ!)フォン(出汁)用の大型ストーブの3点を調理設備会社の前述の係りにコーディネートしてもらったが、実は3つとも製造業者は異なる。今回のストーブはうちのホテルが契約している会社では扱っていないので、別の修理業者に頼まなければならないが、そういう際にはやはり保証書が無いと無理なのは当然だ。しかし結局オフィス中探しても見つからなかったのでやむを得ず有料で何時もの業者に頼んだ。馬鹿馬鹿しい話ではある。近頃はメイドイン ジャパンの神話は消えた感があるが、日本で機器を新調して1年以内にこう度々故障するという事はまずないのでは無かろうか。あの時購入した3点で優秀なのはグリルのみ。グリルは購入してからの8ヶ月近くでたった1回?しか壊れていない。
日本の技術力は未だ未だ優秀だと思う。例えば日本に帰っていつも感心するのは切符の自動販売機だ。これはもうコンピューターそのもので、乗換えやら複数一挙購入やら自由に打ち込んで発券される。いや、単なる街角の自動販売機だって例えば160円の物を購入するのに10円玉4つ返ってくるより50円玉1つがいいなと思って210円入れればちゃんと50円玉1つ出てくる。普段当たり前のように思っているかもしれないが、外国に出てみればいかにこれが凄い技術か分かると思う。
こちらの自動販売機はそんな芸当が出来ないのは勿論、ある機械は1ドルコインはOKだが2ドルコインは駄目。ある機械はその逆とかいう事もある。OKなコインを何度入れても返ってくる事がしばしばあるのでさては偽コインかと早合点してはいけない。他のコインを先に1つ2つ入れてからさっきの何度も戻ってきたコインをもう1度入れてみればちゃんと認識されたり、一方で間違って隣国アメリカのコインを入れても認識される場合もある。この前も無人の駐車場の1つしかない駐車券販売機で何度も戻ってきた挙句ようやく全額入れ終えたら機械そのものが止まってしまい料金をしっかり入れたまま券は一切出てこず、勿論お金も返ってこずで駐車場管理会社に電話して事なきを得たが携帯電話をもっていなければ泣き寝入りで、他の駐車場を探したかもしれない。
調理機器の話からずれてきたが、事ほどさようにこちらにはボロい機械が多い。大体日本の同じ様な調理機器手配会社に頼めば、もう少しアフターケアにも親身になってくれると思うし、逆に言えばそうでなければ生き残れないくらい日本の市場は厳しい筈。気がついたら「担当者が退社していて貴社の記録はすぐには見つかりません」なんて1年と立たない内に言える台詞ではなかろう。
まあ、パディが分かりやすい所に保証書を置いといてくれれば良かったのだが、彼に休暇の予定を聞いたら「何処に行くか決めてないけど、何処かには行くよ。初日に旅行業者に行って決める」とか言っていた。要するに誰にも行く先を告げず2週間消えていたいのだろうと思う(苦笑)。もっとも去年のように休暇前から体調を崩し、休暇で旅行中も殆どホテルで寝ていて、帰ってきて数日でついに入院なんて事にさえならなければ何処へでもゆっくり行ってきて貰いたい。何せ彼は去年はその後の入院で病欠休みも有給休暇も全て使い尽くし、年度が変わって休暇が取れるのを待って即休みに入ったのだから余程疲れていたのだろう。無論個人差は多少あるが、彼に限らず就学時代から週休2日で比較的勤務時間の長いこの業界でも一般の会社よりは長いと言う程度の社会で育ってきている人達ばかりだからそういう意味での限界は低い。子供の頃から週休1日(最近はそうではないだろうが)で育ち、シフトも無く朝から休憩を挟んで(しばしば休憩もなしに)夜までというのが未だ一般的な日本式で仕事してきた経験があれば、何て休みが多いのだろうと感じるのではないだろうか。3つの店を掛け持ちで働いた時でも日本ほどでは無かった。
技術力も、基礎体力も、まだまだ日本は捨てたもんじゃないだろう。

120.暑いか、この夏。
(3月31日更新)
何となく更新しないでいるうちに3月も終りだ。今年はしかし春めいてくるのが早く、3月の上旬から春らしい陽気で3月末の今は雪も大分融けて日差しも完全に春らしい。気温は流石に春らしいとは言いかねるが、去年の3月と言えばこのエッセイでも書いた通り気温はマイナス30度、地面が凍って車がスリップしたりホワイトアウトが発生したり吹雪になったりで休暇への旅立ちも1日延期された程だった。いやそれどころか4月の後半に至っても積もるほど雪が降り続いたくらいだ。
勿論これから未だ雪が降るかもしれないが、どうも今年の陽気からすると大したことは無い気がする。この調子だとしかし夏は暑くなるかもしれない。ケベック州に越してきて13年も経つので、満更根拠の無い勘という訳でもない。
パディは今回は無事帰って来た。メキシコに行ってきたそうで、今年はちゃんと休暇を堪能してきたようだ。もっとも帰ってきて2,3日して風邪を引き2日休んだが、今はほぼ回復したようだ。プロレスファンで自身プロレスラーみたいな体型だが意外と・・と言っては怒られるかもしれないが、デリケートな人で病気になりやすい。

もっとも調理場で風邪で休んだりしないのは私とロメインの2人だけだが。
パディも帰って来たし、私も4月の8日から休暇を取って日本に帰ることにした。こんなにぎりぎりまで予定が立たなかったのは初めてだが、一方4月に休暇を取れると言うのはスタッフが成長してきた事を意味する。昼間のブッフェのメニューも、なるべくサミュエルに任せ、彼とジェレマイアを中心にやって貰うようにしている。やる気がある人間なら寧ろ自分のメニューを作りたい筈だからだ。使う食材などは我々(パディ、ロメインと私)が価格や品質を考えて調達して、「これを使って作ってみて」と言う訳だ。逆の立場ならこうしてもらえれれば嬉しいと思うからだが、無論私の修行時代にそんな先輩、上司は滅多にいなかった。滅多に・・と言うからにはやはり何人かはいた訳だが日本、ドイツ、カナダと数え切れないくらいの先輩、上司の1割にも満たなかった。もっとも、ほんの1割程の先輩達は逆に凄い人ばかりだった。私は「こんな上司、先輩になりたい」と思った人達にはこの先も到達しそうもない。しかし、「こんな上司、先輩にはなりたくない」と思った人達の轍は踏まないようにしてきたつもりだ。
後輩も成長してくるとどんどん前に出てきて、時に疎ましいことさえある。しかし、明らかに私が教えた拙い技術で進歩しているのを見ると、これは凄く嬉しい。
しかし強いチームになってきたら、更に難しい仕事にして、不況を乗り切らなければならない。パディもそのつもりで夏の計画を練っている。そういう意味でも暑い夏になるかもしれない。