エッセイ2008年8月



93.汽笛は鳴らず
(8月6日更新)
相変わらずツーリストで忙しい夏が続いているが、来月から再び企業会員の予約もかなり入っており、今年一杯の予約状況も盛況だ。今年はまるで暇な月というものが無い。観光地という条件を考えるとこれは驚異的な事と言って良いだろう。当然売り上げは上がっている訳だが、利益はちっとも上向かない。最大の原因は棚卸しの度に出る在庫の数字が例年と比べて数十パーセント上回っている為である。不良在庫は徹底的に工夫して使い一掃したし、どう考えても去年の今頃より合理的にやっている筈だ。加えてこれだけ毎日盛況なのだから仕入れをこれ以上減らせば品切れ続出と言う事になってしまう。何故こんな数字になるのか?よく考えてみれば分かる事なのだが、要は物価の異常な急上昇が原因なのだ。野菜など去年の同じ時季に比べて倍ほど・・・どころか遥か倍以上という物まであり、肉も魚も調味料も、その他諸々値上げしていないものは一つも無いといって良い状況だ。本をただせば原油の値上げが原因だが、これでは在庫が寧ろ去年の倍位の数字になっていてもおかしくない程だ。これを考慮すれば我ながら(パディ、ロメインと共に)よくやっていると思う位ではあるが、オーナーを納得させるのは容易では無い。人件費だけ考えても、無理な程少ない人数でやっているのだから褒めてもらってもよさそうなものだと言うのが本音ではある。
こんな中、新しいストーブとグリルを導入できたのは有り難い。ところが何とストーブに付随する2つのオーブンが両方共温度調節がいかれている。オーブン用温度計を使って調べてみると最弱の温度が何と200度C以上だ。何を入れても焦げてしまう。早速業者を呼んで直しに来て貰ったが、彼の顔目がけてボンと火を噴いた。明らかにガス漏れもしている。結局その事故?のあった側のオーブンは使用停止、もう一方のオーブンはそのまま高温で使うしかなく、彼が部品を揃えて帰ってくるのを待つ意外に無い。かえって壊しに来たみたいだ。馬鹿な話である。中古ではなく、新品で揃えたのだ。最初からガスが漏れていて、サーモスタット(温度調節機)が壊れているなんて早い話が不良品ではないか。保障期間内に全て直しておければ良しとするという方向で肯定的に考えるしかない。
それにしても夏真っ盛りであるに関わらず、汽笛の音が聞けないのはやはり寂しい。この汽笛は私の自宅でもいつも響いていたのだから、1996年にここに越してきて以来、毎夏この汽笛を聞き続けてきた訳だ。
先月、この機関車の出発点であるガテノー市、通り道であるチェルシー、終点であるウエイクフィールドを管轄するラ・ぺシュの3つの自治体が結局この会社を買い取り、8月中にも道を修復して走らせる予定であるというニュースを聞いていたが、事はそう簡単ではないらしい。そもそもの発端は今年5月にチェルシーで起きた地滑りが原因だが、何れにせよ毎年冬の間ダメージを受けた線路を修復するのは大変な事ではある。結局緊急に必要な修復をするのに3300万カナダドル(1ドル約100円)、長期的修理には6300万カナダドル程かかると言う。3つの自治体の予算だけでは到底修復しがたく、今後国などの援助も含めて模索していくらしい。今度機関車が走るのは早くて来年の7月との事だ。1年先である。紅葉を愛でながら歩くような速度で走る名物の観光列車も今年は見られないということか。
この機関車は毎年3つの自治体エリアに800万カナダドルの経済効果をもたらし、雇用も創出してきた。それだけに3自治体とも死活問題と捉え共同で買い取った訳だが、道は遥かだ。
そもそもこの3つの自治体エリアは長年に渡って私の生活圏そのものでもある。1996年にチェルシーに移住し、この町のレストランを皮切りに、やがて出発駅のガテノー市のレストランで列車内で食べるフランス料理コースメニューに携わった。そして今は終点駅の町のホテルに勤務していると言う訳だ。そういう意味からも私にとって非常に縁の深い機関車だけに、1日も早い復興を願わずにはいられない。

94.仕入れの話。
(8月19日更新)
気がついてみると前回更新より2週間近くも経っている。少しずつ企業会員も戻ってきて、ツーリストと混在して忙しい。シーズンの始まりも同様に混在していたので本当に今年は例年の様な切り替えの合間の1〜2週間、ちょっと一息という感じは無い。ぼちぼちブッフェも増えてくるので、ア・ラ・カルトと平行して仕入れを考えていかなければならない。肉などは正直な所冷凍庫のストックの中からブッフェに転用していかなければならないが、魚はほぼ毎日総合食品会社のS社、魚専門店の2社から順番に注文している。どの会社も何時どんな魚介類を仕入れるかは区々だし、こっちがいくら毎日注文しても相手方の冷蔵庫に数日眠っていた物では意味が無い。値段の事もあるし、何とか情報を集めながら注文するが残念ながらいつもうまくいくとは限らない。しかしこの地域では結局こうして業者さんを信用して持ってきてもらう以外難しい。
今日は前述のS社の他、魚屋一件、野菜業者2件と分量も凄い数の配達品が一気に山積みになり、パディは又スケジュールを変え、午後出勤となっているので、営業開始直前まで私は配達された食材のチェックに忙殺された。
S社の
朝食用ベーコンの箱を開けて見ると、明らかに色がおかしい。「何だこれは?」と思って製造日を見ると7月18日。一月前ではないか。勿論その場で突っ返したが、S社の担当者は私もパディもカフェ・アンリー・ブルジェ時代からの付き合いでおよそこんな事は珍しい。鮪などは以前定期的に取っていた時はよく返したが、これは分からないでもない。
午後にパディが出勤してきたので報告したが、「さすがNakiだ。4社からあれだけの物量の配達が来たら、普通ベーコンなんて箱の数だけチェック(ホテルの朝食用ともなると週2回ベーコンの箱だけで結構大きなのが4つずつ来る)するだけだけど」と言う。それじゃ、食材のチェックは私、パディ、ロメインの3人のみとした意味が無いではないか。いくら滅多に無い事でも、こういう事は起こりうるのだから。来月はパディ、ロメインと共に私の定休日の日にS社の倉庫を見学に行く予定にしているが、こんな事が起こる原因まで分かるだろうか?
魚介類については、ようやくパディが、True World Foodさんから取ってみても良いという意見がでたので、出来るだけ早く最新の値段とか問い合わせてみたい。同社は例のケベック日系料理人協会に参加していただいている仲間でもある事だし。何故今頃パディが検討して良いとなったかは、他の業者さんの魚介類の価格が急騰してきた為に、True World Foodさんの製品でも値段が変わらず、それなら品質が高く、安定している所を考慮する価値ありと言う判断だろう。前回のエッセイで書いた在庫の数字が上がってしまっている理由をオーナーもようやく納得してくれたと言う事もあるのではないか。日本人には考えられないだろうが、はっきり言ってこの近辺で(残念ながらLes Fougèresも含め)魚介類をまともに出している店はまずない。精々現在首都圏ケベック側でナンバー1のフランス料理店の評価を受けているカジノのヒルトン・ホテルぐらいのものだろう。何とか安定して高品質の魚介類を提供し続ける事ができれば、他店との差別化が図れると思うのだが・・・。

95.9月に向けて
(8月31日更新)
全然更新しないうちに8月も最終日になってしまった。結局今月は初めの方で1回、真ん中くらいに1回、そして最後の日である今日の更新で終わってしまう事になる。いくら今年はコンスタントに忙しいとは言ってもやはり8月がピークであるのは当然である。しかしフジェールもそうだが、大抵のレストランは9月に学校が始まると途端に暇になる。フジェールは毎年労働者の日(9月最初の月曜日)にはスタッフパーティが行われ、これを持って夏のシーズン終わりと言う雰囲気になる。後は紅葉が本格化するまでちょっと一休みと言う感じ。もっとも私がやる日曜のブランチは年間を通してまずまず忙しいのだが。
今年は正に9月1日、つまり明日が労働者の日だが残念ながら私は本業の方で出勤である。大体が忙しい日なのだから「ひと夏ご苦労様」と店を閉めてパーティを開くフジェールの方が寧ろ稀有な存在なのかもしれない。去年はうまく休みが取れて(と言うか、去年も今年も本来月曜日が私の定休日の筈なのだが)パーティに参加できたが。
そもそも再三書いているようにル・ムーランは9月になっても失速する様子が無く、週休どころか月休2日くらいになるかもしれない。ブッフェはやはり無駄を出す部分が多く、尚且つオーベルジュとしてお客様に出来ればア・ラカルトを提供していきたいとパディと話し合った。そこである程度人数のまとまった企業会員にのみブッフェを提供し、その他のお客様には常にア・ラカルトで行こうと新方針がまとまった。そういう訳で9月は9月で考えていかなければならない事項も多いのだ。
そんな中、西田大使の御推薦があったらしく、大使館の山里一等書記官から日本食普及促進レセプションへの参加を打診された。取りあえずは私個人へのお誘いではあるが、招待された顔ぶれ(連邦議会議員、閣僚。外務、農林水産、食品関係の連邦政府関係者。新聞、フードライターなどマスコミ関係。さらにはホテル、レストラン、料理学校等のガストロノミー関係者など錚々たる方々)から考えても、これは発足したばかりの我がケベック日系料理人協会にとってPRの好機だと考えるので、会の理事会に相談する事にした。鈴木会長等も乗り気になってくれているようなので来月の初め頃の更新ではもう少し具体的な話を書けそうだが、何れにしても9月22日と言う事なので意外と時間が無い。9月第2週には山里一等書記官と関根公邸料理長にル・ムーランに来ていただいて打ち合わせをという話になった。抹茶を使った洋菓子を30個X3種類で300人のお客様がちょっとつまめるような物を作って欲しいとの事だが、モントリオールの和食の方々の協力が得られればもっと色々お手伝いできるのではないかと思う。9月はなるべく早く更新して、この続きを書いてみたい。