エッセイ2009年2月




115.一石投じられるなら・・。
( 2月5日更新)

先月末にも書いた通り昼の新メニューやバー、ラウンジのメニュー等の事で忙しく、また今月も更新が遅れた。メニューの内容は、アイテムを減らす方向だし、幾らでも候補は浮かぶが、それに付随して考慮しなければならない事が多々あると言う訳だ。そんな話のディテールは別に面白くないのでここには書かないが。
しかし夜のメニューの方に移行された八幡巻きが何だか大袈裟な事になっている。月末にオタワの国立芸術センターで行なわれるイベントでは、うちの代表メニューとしてこのフォアグラ テリーヌと八幡巻きのコラボレーションを出展する予定となり、更にそれに関連してオタワ シチズン紙が、八幡巻きのレシピをスーパーで手に入る食材を使った簡易バージョンで掲載したいと言ってきた。そもそも核となる牛蒡(西洋牛蒡ではあるが)そのものがスーパーで手に入らないだろうから、これはどうかなと思うのだが、あくまで「本来は牛蒡で有名な八幡が発想の原点だから、牛蒡を使わなければならないが、ご家庭では代わりに・・・云々」と言う説明を加えてもらう事にした。要は野菜と牛の自家燻製を合体させたものだから色々使う野菜はアレンジを加えてもおいしいだろうと思うし。パディは「野菜を昆布と野菜のブイヨンで煮ると言う点は社内秘という事で載せないようにしよう」と言うので、彼が普通の水で煮ると言う所をせめて野菜のブイヨンで煮ると言う点は書いておかないと作ってみてがっかりするかもしれないと主張しておいた。逆に野菜のブイヨンなら出来合いの液体状の物がこちらのスーパーでは売ってるし、同様に売られている牛や鶏の出汁で代用しても良い。何れにせよ何処かで旨みを足すのがこの料理のミソなのだ。そもそも社内秘も何も、日本人なら大抵誰でも昆布に普通の野菜の何倍ものグルタミン酸が含まれていることは知っているので苦笑してしまう。日本の「旨み」と言う考えは、今や世界の一流シェフ達の間では常識になりつつあるようだし。そもそもこの詳細レシピは既にケベック日系料理人協会会報に掲載されている。何も秘密にするような御大層な料理では無いのだ(笑)。
もっともこの様に和食発信では無く、私の様な立場の人間発信で、寿司や天婦羅以外の日本の料理が広まっていくのは私としても嬉しい。未だ日本レストランは生魚しか出さないなどと思って決して足を踏み入れない人も多いのだ。そういう人達がたまたま来たフランス料理のオーベルジュで、八幡巻きやら揚げ出しやら食べて、「こういうのも日本の料理なのか」と考えて和食の店へ足を運んでくれる様になるなら意義がある。ただ、私がこの地に越してきた13年前にはほんの数件しか無かったオタワの和食の店が今や数え切れない程になったのだが、日本人経営の店は片手の指の数ほどしかない。
日本で話題になった「寿司ポリス」とか言うアイデアはこの状況を憂いての事なのだろう。何処の国の人が経営していたってそれは構わないが、作っている人も日本人はゼロで、和食の店で修行した事もない料理人ばかりと言う店だと、もうコピーとしても成立していない物を出したりする。こうなって来ると話は別だ。作ってる人自体和食を全く理解してないので、お客様の持つ偏見のイメージにぴったり即した?怪しげな料理も出て、せっかく和食デビューしたお客様を最初の一軒が台無しにして、「2度と行くか」となってしまっては困る。ケベック州側のガテノーとなると、もう100パーセント日本人が関与している店は無いと思う。10年近く前に首都のケベック州側には和食の店が無いので、スシレストランをやりたいから料理長になってくれないかと相談を受けた事がある。確かに当時は何人の経営によらずガテノー市に和食店そのものが無かった。今でも大した数ではないだろう。その話は勿論断ったが、それは専門外だからと言うより、その人と組んで商売をやったら失敗しそうだったと言うのが最大の理由だ(苦笑)。その人はケベッコワだったが、当人が「世の中で一番好きな食べ物はスシ」と言っていたように、和食イコール寿司・・・と言うより“Sushi”と言うイメージ。もはや別物だが、Sushiレストランがイコール和食店となってはまずい。しかし、それが現状でもある。つまりSushiレストランならテンプラやテリヤキなんかも置いてなければならないし、前菜は枝豆に冷奴くらい。これが和食の全てだと思ってる人達が益々増えてしまう。テイクアウトの店ならスシ専門店もあるが、寧ろこっちの方が筋は通っている。ただし、こっちは商品のレベルが「これがスシと言うものか」と認識されては・・・と言うものが多い。
その現状に一石投じられるなら、フレンチ レストランで揚げ出しや八幡巻きを出しても良いか・・・と言うくらいの気持ちだ。

116.八幡巻き掲載のオタワ シチズン紙。
(2月21日更新)
バレンタインデーが終わった辺りで更新しようと思っていたが、結局気がついたら2月も21日。1年で一番短い月なのだから後1週間もすれば今月が終わってしまう。日本ではニッパチ(2月、8月)は暇と言われるこの業界だが、カナダでは2月は結構忙しいのだ。寧ろその前後、正月はこの国には関係なく、1月1日がクリスマス前から始まるお祭り期間最後の日だから1月は2日から暇。3月はマーチブレークと言われる小休暇の期間で皆暖かい場所に遊びに行くので結構暇。挟まれた2月がバレンタインデー等を中心に全体的に忙しいと言うのが例年のパターンだ。
今日こそ更新しようと朝から決意していたが、丁度タイムリーに前回書いた八幡巻きのレシピが今日のオタワ シチズン紙に掲載された。来週の首都圏トップシェフによるフード&ワイン ショーに例のロメインのフォアグラとのコラボレーションで出展するので、そのタイミングに合わせての掲載と言う事だ。もっとも私はこの取材の時不在だったので、パディとロメインの写真はカラーで掲載され、八幡巻きは白黒写真ながら、キャプションには「パトリック・コスチュー シェフによる牛の八幡巻き」などと書かれてあり、内容でも「コスチュー シェフは普段燻製にして作っているが、普通に火を通すだけでも代用出来、家庭でも容易に作れる・・云々」と書いてあるが、実を言えば彼はただの一度も作った事などないのだ(苦笑)。一般家庭向けのレシピは新聞に載せるのに英語の誤りがあってはいけないので、彼に書いてもらって私がチェックしたら「野菜は切ってから調理する・・」とか書いてあって、これは訂正してもらったが、切ってから調理したら野菜が湾曲してしまって作れない。一度でも自分で作ってみれば、まずしない間違いだ。店のメニューとして出しているのだから、総料理長の名前で掲載する事に異存はない。ただ自分の名前で出すからにはレシピだけ見て頭で理解したつもりにならず、一度は自分で作ってもらいたいと言うのが正直な感想ではある。勿論掲載写真の八幡巻きも実際には私が前もって作っておいたものを切って盛り付けたに過ぎないのだ。そもそもレシピは簡単だが、野菜を楔形に組んで崩れないようにしたり、あらゆる行程(燻製、及びその後の火通し)で何度も何度もソースを塗って乾かせないようにするなどちょっとしたコツはあるので、いきなり「作ってみてくれ」みたいに振られたら正直歪な物になりそうだからだ。こんな発言は不遜かと思われるかもしれないが、以前揚げ出しのソースを「Nakiがいなかったから自分で作ってみたんだけど・・」とパディが言うので、味見してみたら私だけではなく、味見した人全員が顔をしかめる怪しげな調味料の組み合わせになってしまったと言う前科?があるのだ。最も問題だったのは、そもそも“出汁”がベースになっていなかった事だ。「揚げ・・ダシになって無いじゃん」。彼だって料理人、シェフとしての経験が十分あるのだから、こういう時はコピーしようと思わず、己の舌を頼りに作った方がうまくいくと思うのだが(今はこっちの方もレシピにして渡しておいたし、これはレシピを見るだけでも失敗する事はないだろう)。
記事中には一応、「和食をモチーフにした料理は、日本人スーシェフのNaki Soyaが・・・云々」の記載はあるが、これではかえって恥ずかしい。
首都圏トップシェフのフード&ワイン ショーは今度の水曜日。普段この種のイベントではパディとロメインが行って、私は留守番して店の面倒を見ると言うパターンが暗黙のお約束でやってきた。今回もそういう予定になっていたが、和食への誤解を深まらせない為に、今回ばかりは予定変更して私も会場に参加できるように調整したい。
(夜のメニュー アップロードしました)→こちら

117.国立芸術センターにて。
(2月26日更新)
前回書いた「首都圏トップシェフによるフード&ワインショー」に参加する為昨晩は国立芸術センターまで行ってきた。お客様の数は500人以上。2323席のオペラハウスと897席のシアターを擁する建物にしてみれば大した人数ではないかもしれないが、料理を食べてもらう数としては大きい。このクラスの人数はカフェ・アンリー・ブルジェ以来だが、今回は20件のレストランが少しずつデギュスタシオン(味見サイズ)の料理とワインを出す訳だから、我々が出品したのは例の「フォアグラと牛の燻製八幡巻きのコラボレーションの皿、それも一口サイズのみ。とは言え、一人が一皿だけとは限らないので、800食程用意したが、それでも5時半から8時半までの会ながら、7時半には大半が無くなり、8時前には完全に売り切れてしまった。
カフェ・アンリー・ブルジェの名前が出たが、このイベントを仕切っているのは例によって元カフェ・アンリー・ブルジェのオーナーシェフ ロベール・ブーラッサ氏である。以前首都圏フランス料理界の重鎮である4天皇(日本流に言えば)について書いたが
、当の国立芸術センターのカート・ワルデール シェフ、元シャトー・ローリエ総料理長キース・ロジャーズ氏、リドークラブのラティフ・エルカドゥディ シェフ、そしてこのロベール・ブーラッサ氏が今も力を持っているのは、首都圏で活躍するシェフの大半がこの4人のシェフ何れかの(或は重複して)下で働いた経験があるからだろう。現にジョルジュもパディも私も元をただせば皆ブーラッサ氏の下で兄弟弟子の様な立場にあったとも言える訳だ。私同様在職中に突然廃業を言い渡されたツェアは、今回も氏と顔を合わせたくないので遠慮すると言う。本音を言えば、私とて休暇から帰ったら店が無いと言う酷い目にあったのだから今更・・と言うか、「2週間ばかりしたら会おう」と言われて別れて以来3年以上会ってないのだから皮肉の一つも言いたいのは山々だが、このイベントに参加する以上そうもいかないので「ご無沙汰しています」と挨拶し、向こうもそ知らぬ顔で「Naki、また会えて嬉しいよ」と握手をかわした。終り頃には再びやってきて「流石Nakiだ。良い仕事したな」と言ってるくらいだから相当なものだ。
今回結局パディ、ロメイン、私とメートル・ドテルのマークの4人で参加した。ロメインも私も出かけてしまったので、昨夜は人数を揃えた上で、先月フランスから再びやって来たジュリェにソーシェをやってもらった。彼は本来パティシェで、今回またカナダに戻ってきたのも、カジノのヒルトン・ホテルでパティシェとして労働ビザを取ってもらえる事になった(パディは無論うちで雇いたがったが、オーナーからパティスリーに2人は雇えないと断られた)からで、それまでの間うちを手伝ってくれている。ソーシェは流石に初めてだが、ガルド・マンジェ、アントルメティェはやっているし、普段から鋭くロメインや私の仕事を観察しているので調理場の人数に余裕を持たせれば(さして忙しくもないので)問題ないだろうと判断し、事実ちゃんと留守番してくれたようだ。実際ロメインにしても、彼にしてもフランスの調理師学校を卒業してきた人間は卒業した時点で即戦力に成る程の力量があるし、卒業して数年も修行すれば十二分に一人前だ。彼等と同世代のカナダ人で同等のレベルに達している人は極めて少ない。
話がそれたが、何しろお客様の数が多いので、私はブースの奥に陣取って2時間半程の間フォアグラと八幡巻きを切りっぱなし、ロメインとブーラッサ氏が用意してくれた調理師学校の生徒2人の3人で盛り付けて出し、パディとマークでお客様に説明すると言う方式でやった。しかし前回のエッセイで書いたように、説明に誤解があっては困るからこそ私が参加したのだから、随所で例えばパディが「八幡と言うのは東京の一部で・・・」とか言っている所を「東京じゃない。京都です」とか訂正したりはしていた。
まあ結果として、ル・ムーランのブースが一番人気で私もロメインも面目を躍如した。
当然参加しているだろうと思われたフジェールは今回はお客の方に招待されたようで、チャーリーとジェニファーがちゃっかり食べに来ていた。まああの2人に試食してもらうのも一つの恩返しかもしれない。日本大使公邸の時は不在で来てもらえなかった事だし。招待のお客様は勿論少なく、大半のお客様は自費だが、ほんの少量ずつの味見とは言え、首都圏の大手のレストラン20件の料理を試食してワインも飲んで日本円にして7千円弱だから、かなりお得だ。因みに売り上げはチャリティに寄付されるので、会社としてのメリットは宣伝と税金の時多少優遇されると言う点に尽きるが。