- 9.ケベック州ナンバー1のソムリエとカナダのワインの話
- (6月2日更新)
- Les fougères(ル フジェール)のソムリエ Veronique(ヴェロニク)がケベック州のソムリエコンクールでついに優勝した。“ついに”と書いたのは、彼女はこの4年程の間、毎年決勝まで進みながらナンバー2に甘んじてきたからだ。ル フジェールのオーナー、パート夫妻と私は今年で丁度20年の付き合いだが、ル フジェールに参加したのはこれまた丁度10年前。Veroniqueもその頃入った謂わば唯一残っている私の同期で、当時は平のウエイトレスだったが、今や彼女はシェフ ソムリエであると同時にdirectrice(総支配人)でもある。これだけ見てもいかに努力家であるかは分かろうというものだ。フジェールにはmenu
digustation(ムニュ デギュスタシオン)というのがある。日本のフランス料理店でも最近かなり出ていると思うし、勿論本家フランスでもよくあるが、少量づつの料理を10コース以上も出す。つまり日本人から見ると、フランス風会席料理と言う感じであるが、デギュスタシオンの意味は「味見」である。せっかくレストランに来たんだからいろいろ食べてみたいというお客さんのニーズに答えるものである。フジェールのムニュ デギュスタシオンで凄いのは前菜からデザートまでの10数コース全てにそれぞれの料理に合わせた一口サイズのワインが添えられる事だ。流石に日本でここまでやっている所は未だ無いのではなかろうか?(あったら是非教えて欲しい。)勿論ワイン抜きで料理だけを注文することも出来るが、前菜はともかく、サラダにに合わせたワイン、スープに合わせたワイン、デザートに合わせたワインなどは日本ではあまり飲むチャンスが無さそうなので、このレストランを訪れる機会があれば試して欲しいところだ。勿論このワインの構成は全てソムリエのヴェロニクが作成したものである。ところでカナダのワインについて皆さんはどの位ご存知だろうか。正規ルートでの輸出はしていないと思うのであまり知らない人が多いのでは無いかと思う。事ワインに関しては残念ながらケベック州の出番は殆ど無いようだ。カナダワインの二大産地は東部のオンタリオ州と西部のブリティッシュコロンビア州である。分けても最大なのは国内生産の80パーセントを占めるオンタリオ州。私の住んでいるところからガティノー市を経由して、川を渡ったオタワ市はオンタリオ州である為、向こう側に渡るとどの酒屋にもオンタリオ州産のワインがずらっと並んでいるのだが、面白いことに川のこちら側の酒屋には殆ど置いていない。ケベック側で売られているワインは輸入品ばかり、フランス、イタリア、ドイツなどのヨーロッパ産のもの、オーストラリア産、アフリカ産、近いところでは南米やお隣アメリカのカリフォルニアワインまで豊富な品揃えであるにも関わらず、カナダ産はゼロの店もあり、あってもせいぜい1〜2種類しか置いてないところが大半を占める。オンタリオ州のワイン産出の中心地は滝で有名なナイアガラ半島やエリー湖の周辺だ。ワイナリーの数はオンタリオ州全体で約70箇所。その半分以上の40箇所がナイアガラ半島にある。フランスのプロヴァンス辺りと同緯度で5大湖など豊富な水資源に囲まれているし、夏は暑く、冬は寒いこの地域は考えてみると相当ワインにとって理想的な場所なのだろう。因みにオンタリオとは先住民族の言葉で「輝く水」と言う意味である。更に言えば土もミネラルに富み、水捌けの良い酸性。前エッセイでケベック州の気候の激しい変化について書いたが、隣接するオンタリオ州でもその事情は同じ。しかしながらこの特殊な気候はアイスワインにとっては願っても無いものだ。アイスワインの行程としてはブドウの凍結と解凍が何度も繰り返されなければならないのだが、この辺りの地域では自然にそうなるのだ。そんな訳でカナダワインとして最初に世界に注目されたのはやはりこのアイスワインであった。カナダ土産として空港などで売られているのも殆どアイスワインだけだから、これは飲んだ事があると言う人も多いのではなかろうか。しかし21世紀には入ってから特に、普通のワインも注目され始めている。寒冷地だけに白ワインが中心になるのは止むを得ないところだが、私はプライベートでは殆ど赤ワインしか飲まない。実は赤ワインでも結構おいしいものがあると個人的には思っている。フランスのAOCやイタリアのDOCを模したVQA(Vintner's
Quality Aliance)という品質管理の為の基準も設けられているが、これに参加していないワイナリーも在り、オンタリオ州とブリティッシュコロンビア州のVQAに微妙な違いもある。実はこれが世界進出の足かせの一つとなっている。国内に統一基準が無いとOIV(パリに本拠を置く国際ワイン表示協会)に参加できず、正式に輸出できないのだ。
- 10.典座教訓とジョルジュ ローリエ氏。
- (6月15日更新)
- プロフィールで書いたが、私がこの世界に入ったきっかけの一つとして、学生時代に禅門の料理役である典座(てんぞ)の心得を道元禅師が示した「典座教訓」を購読した事がある。勿論禅門であるから、菜食主義な訳でフランス料理に全て当てはめられるものでは在り得ない。共に「仏の料理」と言う事では繋がっている...と言うのは冗談だが、素材に向き合う姿勢などはいかなる国の料理人であっても、一流であれば、変わらないと思う。典座教訓では米を研いだ水も安易に捨ててはならないと言うような事がしつこいほど述べられているが、例えばつきじ田村では野菜の皮の醤油煮を瓶に詰めてお持ち帰り用にすると聞く。しかし皮や葉は食べられても、野菜の皮と身の間にある根など、文字通り煮ても焼いても食べられない部分は多々ある。フランス料理の場合、野菜の屑だけで出汁を取ったりできるので和食以上に無駄を出さないですむ。ジョルジュ ローリエ氏もご他聞に漏れず、無駄を出す事を極端に嫌う。出汁は勿論、細かく刻んで飾り付けにしたり、詰め物に使ったり、あらゆる知恵を絞って使い切ろうとする。それでもかぼちゃの種だとかメロンの皮だとか、出汁にも使いにくいものもやはり存在するのは止むを得ないところだが、彼はこれに悩み、インターネットでこうした余り物から堆肥を作る方法を調べ、ホテルの裏庭に自前のハーブガーデンを作り、この堆肥を使ってハーブを育てる事を思いついた。ここまで来ると典座教訓以上に宗教的だ。もっとも彼はベジタリアンでは無いので、肉も魚も同じようにあらゆる部位を最も理想的に使いきろうと努力している。元々ハル市(現在のガティノー市ハル地区)で生まれ育った氏は特にこのウタウエの緑と環境を守りたいと言う思いがあるようだ。先週はこんな事を言い出した。「Naki、やはり君と私で日本に乗り込んで、ケベックフェアをやろう。」「ははは それはいいですねえ」「おいおい、冗談じゃないぞ。2008年くらいに実現したいな。」「スポンサーがいりますね」「ケベック州観光局とウタウエ観光局はスポンサーにつくだろう。後は日本側で受け入れてくれる場所だな。君のいたホテルとかレストランとか何処か無いか?できれば日本の数箇所のホテル、それも日本人の海外旅行を考えているような人が集まる所だな。観光客をこのウタウエに誘致するのが目標だからね。ケベック州自体は結構日本からも観光客が来るけど、ウタウエ地方にはあまり来ないしなあ。ウタウエ、ケベックの食材を持ち込んで...」と生まれ育ったウタウエ地方の料理界にかける思いは留まるところが無い。2007年にまずイタリアで同じような事をやりたいとか。しかし人手不足を何とかしないと難しそうだ。
- 11.新メニュー
- (6月29日更新)
- 先週から夏の新メニューがスタートした。このエッセイで紹介しようと思ったが、角度を変えて更新を滞らせていたCollection「ケベック州の厨房から〜」のコーナーの方で一部紹介させていただく。今週はシェフ ガルドマンジェが休暇を取っているので私が久しぶりにガルド マンジェに立ち、ローリエ シェフが自ら毎日ソーシェを勤め、人手不足のピークだったが、来週からはシェフ ガルド マンジェが帰ってくると同時にカフェ アンリーブルジェで私の下で働いてくれた事もある女の子がシェフ アントルメティェとして参加してくれる事になり、ようやく少し楽になりそうだ。旧メニューはアミューズブーシュ»スープ、もしくはサラダ»前菜»グラニテ»メインコース»デザートという構成だったのが、新メニューと共にスープやサラダも前菜の選択肢の一つに加えられ、格段にスピードアップした。あっという間にメインコースの出番となるので調理に時間のかかるものは最初にオーダーが入ってくると同時に始めなければならないが、100人以上のお客さんがどっと入ってくると実に難しい。このスピードだと今まで2回転だったものが軽く3回転する。このご時勢では何処のレストランもこうなりつつあるが、最低限の人数が揃い、部署毎にしっかりした責任者がいないと、とてもやれるものでは無い。
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Harb
徒然なるままに
essai