.
- 24.キュイジニエの為の食育
- (12月12日更新)
- 今回も大袈裟なタイトルから始めてしまった。先週末から新しいメニューが始まり、またぞろてんやわんやな状態だが、新メニューについては近々稿を改めて書く事にしたい。メニューが変われば前のメニューの食材の扱いも重要になってくる。大抵はその日のお勧めメニューやアミューズ ブーシュなどに使うが、新しいメニューへの転用もよく使う手だ。今回の前菜の一つに海老のラビオリがあるが、これなども前回のメインコースであったブラックタイガー海老を転用する事になったので今まで私が扱っていた海老をガルドマンジェにまわした。近頃の海老は殻は一応ついているものの、業者の方で殻の背に割り込みをいれ、背綿を抜き、足の側も外した状態で一瞬にしてからが向けるようにして届けられたりする。ところが業者の都合もあってたまに頭だけ外した海老が来る事もある。今回もそうだったのだが、下処理をしていたシェフ ガルドマンジェが「どうして、いつもの背綿とか外した奴を注文してくれないんですか?」とか私に言ってくる。見習いではなくガルド マンジェの部門シェフにしてこの台詞だ。更にその下で働くガルドマンジェのコミ シェフ(見習い)に至っては、「このお腹の方にある黄色い部分は何ですか?こんなの見たこと有りません」などととんでもない事を言う。ブラックタイガーの足の付け根も見たことが無かったらしい。有頭で配達されてきたら何を言い出すか考えただけで恐ろしい。生きた車海老を見たら失神するんじゃなかろうか?肉類はフランス料理の性格上、またこの地域の名産でもあるので、あまり下処理をしないで届けられる事も多いが、以前書いたように、この辺りは海産物が豊富とは言いがたい事もあって、今時は魚など殆ど3枚、5枚に下ろされた状態で配達されてくることが多い。勿論丸ごと注文する事も出来るし(そうでなければフユメ ド ポワソンもろくに作れない)、以前オマール海老のフェアについて書いたように、生きたまま届けてもらえるものもある訳だが、肝心のキュイジニエがこんな事を言っているようでは話にならない。コミはともかく、ガルドマンジェの責任者はカフェ アンリーブルジェ出身者(つい先週シェフ パティシェもアンリーブルジェが閉店してから他所で働いていたのを引き抜き、今や幹部の殆どがアンリーブルジェ出身になった感があるが、それはさておき)かのグランメゾンでシェフ ガルドマンジェ、ソーシェ(ソーシェの部門シェフではないが)も務めた事があるのだから、魚貝類の下処理程度の事ができない訳では無論無いが、楽な事に慣れすぎてしまっているのだ。大体ガルドマンジェというセクションは本来は仕込み一般を取り仕切る部署。ホテルでも大規模なものともなれば1日中海老の下処理をしていたって不思議ではないポジションである。こういった傾向は何も海産物に限らない。にんにくだって皮をむいたものが注文できるし、肉類でもその気になれば殆ど焼くだけみたいな状態の物はいくらでもある。その分の情熱を他に注げるからそれはそれでいいのだろうが、他の生き物の命を貰って料理していると言う自覚からどんどん遠ざかるのではないか。今、日本でも食育という言葉が流行しているようだが、プロの料理人こそまず、食育を受けるべきかも知れない。私などは調理師学校にも行かなかったが、見習いも含め他の子達は全て学校で基礎的な食材の下処理は習っているはずだと思うのだが、実態は案外こんなものだ。昔、烏賊をさばいて腹から消化されていない鯖や鰯が出てくると、改めて生命を扱っている事を思った。鳥をさばいても骨折しているもの、明らかに病気にかかっているものなどもあった。車海老や伊勢海老は鉄板の上やグリルの上で生きたままさばいた事もあった。料理とは本来残酷なものなのだ。きれいに部分に分けられ、サランラップや真空パックで包装された物ばかり見慣れるのは寧ろ恐ろしい事では無いだろうか。ガルドマンジェの責任者には一言だけ「君たちは楽な仕事に慣れすぎているんじゃないか」とだけ言ったが、流石に反省したらしく、シェフはラビオリの皮にワンタンの皮を使う事を考えていたのだが、彼女は(因みに前記のガルドマンジェ部門シェフ、コミシェフ共に女性)残業して自分で粉を練って生地を作っていた。とんだ裏話公開になってしまったが、気ままなエッセイなのでご容赦願いたい。
- 25.アイスストーム
- (12月22日更新)
- かつてアイスストームの影響で1週間以上停電が続いたと言う話はこのエッセイで2回ほど触れたが、アイスストーム自体は毎年何回かあるのだ。ただそれが何日も続く事は普通ないと言うだけである。今日はまさにそのアイスストームであった。アイスストームとは読んで字のごとく氷の嵐であるが、北海道は別として日本ではあまりイメージできないのではないかと思う。霰がぱらぱら降って風が吹いて・・・という程度ではないだろうか。実態はそんなものではない。氷がそのまま嵐となって吹き付けるというすさまじいもので、ひどい時はゴルフボール大(去年などアメリカで野球のボール大の氷が降ったりしたほど)の氷だったりするから恐ろしい。まあ大抵は小さな氷だがこの氷は地面についても木々に吹き付けても溶ける事が無く、車のフロントガラスも磨硝子状になって、車に張った氷を取り除くスクレーパーという道具を使っても容易に氷を割る事ができない。木々にまとわりついた氷もそのまま堆積していくから、これが何日も続いた結果木々が重みで次々と倒壊し、果ては送電線まで倒れて大停電になったのが例の大災害であった訳だ。地面に落ちた氷もどんどん堆積していくから車にとっては雪などとは比べ物にならないくらい危険だ。うちのホテルの従業員駐車場は丘の上にあるからこの丘を車で下りるのも恐ろしいが、そもそも駐車場まで歩いて上る時点で上り坂のスケートリンクを普通の靴で行こうとする様な物なのだから凄まじい。カナダではチェーンもスパイクタイヤも禁止だから、雪はともかく氷の上ではどんなタイヤでも滑る。それでも何とか徐行すれば走れるのはウインタータイヤやオールシーズンタイヤの性能が進化したお陰である。私の車は四輪駆動のジープタイプで、オールシーズンタイヤを履いているが、それでも帰宅には倍以上の時間がかかった。流石にレストランの方もキャンセルはいくつか出たが、暇と言うほどではなかったのは、ここに住む人達にとってはこれも日常の一つと言う事だ。時はクリスマス シーズン。やはり忙しい。街場のレストランは殆どクリスマスイブから26日のカナダ独自の休日ボクシングデーまでの3日間店を休むが、ホテルはそういう訳には行かない。それでも調理場のスタッフと言えど週休2日は休んだりしているのだが、私とシェフは殆ど半月近く無休である。まあアイスストームは今日1日で終わり、明日は曇り、クリスマスは晴れ。1日ずれてホワイト ボクシングデーになるという天気予報だから、明日のドライブは楽だろう。因みにクリスマスイブ、クリスマスはディナーもブッフェ(バイキング形式)だから仕事の方も殆ど監督するだけで済む・・・かもしれない。カフェ アンリーブルジェでの前職は出張、宴会料理長(宴会部長では無い)であったから、ブッフェも結構得意だったりするのだ。
- 26. ホリデー シーズン
- (12月30日更新)
- クリスマスをバイキングで・・・と言う計画は残念ながら失敗した。クリスマスイブは確かにバイキング式にしたのだが、お客さんから猛烈なブーイングが来たのだ。考えてみれば当然の話で、多少規模は大きめでもホテルである前にオーベルジュなのだから、ディナーはお客さんにとってメインイベントである訳だ。クリスマスのような特別な夜なら尚更である。そういう訳でクリスマス当日は普通メニュープラス特別メニューに切り替え、ブッフェで供する予定だった七面鳥を一皿づつ仕上げられるように一端解体して筒状にして詰め物をし、クランベリーのソースもフォンドヴォーをベースにしたフランス料理らしいものに作り変え・・・などの作業をする為、早くから出勤した。前々から分かっていた事ではあるが、クリスマスを前にして調理場の中堅クラスが2人も辞め、クリスマス当夜は私の他、僅か数名の部下と共にてんやわんやな晩となった。更にその翌日ボクシングデーからは皆(私とシェフは除いて)順番に休みを取り始める為、ついにジョルジュ ローリエ シェフ自ら夜の調理場を指揮せざるを得なくなった。スーシェフを引き継いで4ヶ月、シェフと並んで調理場に立つのはこれが初めてである。シェフがソーシェをやってくれれば楽なのは言うまでもないが、特別な期間だからと言うのではなく、単なる人手不足が原因と言うのはいささか情けない。今晩もシェフが厨房に立ってくれていたので、私は明日の大晦日に備えて一晩中仕込みをしていた。明日の朝はどうしてもル・フジェールを手伝いに行かなければならないので、特別長い一日になる。18時間くらいは働く事になろうか?人が休んでいる時に働く因果な商売である事はこれだけ長い事やっていれば気にならなくなっては来るが。正月2日まで働いて、3日は1年に1度だけホテルを閉め、スタッフパーティを行う事になっている。残念ながら私は1日中寝ている事になりそうだ。
Harb
徒然なるままに 12月
essai