エッセイ 2012年2月


255.Bal de neige(雪の舞踏会)本番

(2月3日更新)

 そんな訳で今日は前回書いたオタワの雪祭り開幕本番となった訳だが、この3日間のスケジュールは中々ハードだった。特に最終準備の昨日は17時間半ぶっ続けで働いたが、こんなスケジュールで働いているのは総料理長のジョルジュを別とすれば私だけだ。何処へ行っても閑職に追いやられないと喜んでおくべきか(苦笑)。この業界にいれば17時間程度今更驚く事は何も無いが、昨日宴会が入っていた訳でも無いのに仕込みだけでこの時間を費やすと言うのはかなりなものだ。
 本番の今日ですら15時間強の労働時間に過ぎなかったのだから。今回は大広間の500人程の大コースメニューと昨年同様私が担当した百数十名のバイキング以外に、今日から例の新しいビストロが(試験的に昨日も開けていたのだが)正式にオープンしたので三つ巴の大騒ぎだった。アランは私が休んでいる間に辞めてしまっていたので(私の休暇前日に新しい仕事-料理とは無関係の-が見つかったとか言っていたから、そうなると思っていたが、しかし…)ビストロはヒューゴと新人数名を中心に当分はジョルジュもしくはマニーが直接調理場に入る様だが、このタイミングでこの2人が代わる代わる場所の離れたビストロに出張するのだからメインキッチンは余計大変だ。昨日、一昨日はだから私も自分担当の仕事に専念する訳にはいかず、大宴会及びビストロ(こちらはメニュー数も少なくレストランより当然簡易なメニューだが客数は多いだろうし)のミザーンプラスも手伝う必要があったのだ。幾ら品数が多くても百数十名のバイキングの仕込みだけで3日もかかる訳はないし、ましてやこの勤務時間は有り得ないのだから。
 今日は輪をかけて滅茶苦茶だった。一気にお客様が来る訳では無い筈だから私1人で・・・と前回書いたが、蓋を開けてみれば開店と同時に長蛇の列。大袈裟ではなく100席の旧レストラン「カフェ・ド・ミュゼ」(これからは宴会専用の施設として「パノラマ ラウンジ」と改名)の一番奥に設置した料理を置くスペースから反対側にある入り口まで一直線にお客様が並んでいた。100席しかない(夏場なら外にパティオを設置できるが)のだから更に待合スペースのバーまで一杯。暫くすると当たり前の事ながら最初の方のお客様がデザートを食べるタイミングで前菜を食べる人、メインの温製料理を食べる人が同時進行になってくる。全ての料理の補充を1人でやるのは無理があるので無線でメインキッチンに助けを呼んだが誰も出ない。2度目にフランス語で言った時かすかに「今度はフランス語で叫んでるぜ」と言う声が聞こえた気はしたが返事は一切なし。それより前に魚料理に人気が集中して鱈があっという間に売り切れたので「マニー、代わりの魚はないか?」と呼びかけた時も名前を呼んだ時点では返事があったものの質問の答えは無言。この時は未だ全ての料理を補充する段階では無かったから一階の調理場まで駆け下りて大冷蔵庫にあった丸々2匹分の鮭を箱ごと引っつかんで駆け上がり慌てて切り身にしてオーブンに入れた。この時点から嫌な予感はしていたが、この一番忙しい状況で返事も無いようでは無線など何の役にも立たない。呼ぶ時間が無駄なのでウエイトレスに無線で呼び続ける様頼み(調理場は私1人でもサーヴィスは8人もいるので)、出来上がっている冷製料理を取り替えるだけなら彼女等でも出来るのでそれも頼んだりして何とか凌いで、ようやく落ち着いた殆ど間抜けなタイミングでマニーがやってきた。早速魚の件を聞くと「御免、あの時はビストロに行っていた」と言う。「その後助けを呼んだのは聞こえなかったのかい。大宴会の方には15〜20人くらいいた筈だろう」と聞くと、「実は丁度あの時、100人前くらいのチーズの皿が載ったテーブルがひっくり返って全員で作り直していた」という驚きの答えだ。事故は仕様が無いと言えばそれまでだが、他所から有名シェフがゲストで参加し、テレビを含めた取材も来ているだろうに何たる醜態だ。そもそもそんな事を聞いて私が「なーんだ、それなら仕方無いな」と納得するとでも思っているのだろうか。聞こえてたならせめて無線にくらい出ろと言いたい。幾らバイキング形式とは言え、こちらは1人で百数十人のお客様を相手に駆け回っていたのだ。
 結局今年はその有名シェフ リン・クロフォードの顔も見る事は無かった。去年より断然酷い状況だ。しかし9時から花火が始まるので大広間もビストロも全てこの時間に終了。即片付けに入り、また帰ってくるお客さんの一部におつまみのアミューズを供したりするので、花火が見れたのは私だけの特権だ。
 明日は休みたいくらいだが、この騒動の後では色々やる事がある。


256.試食の1週間

(2月8日更新)

 今週は火曜から金曜まで毎日何件か宴会の試食会が集中している・・・と言うか、まったく宴会そのものが入っていない。まあ早い話、雪祭り開幕とバレンタインデーの週の谷間でポカッと宴会が抜けた週だからこそ、まとめて試食会を組んだのだから当然ではある。
 そんな訳で毎日宴会部署では私1人で出勤している。もう1人の宴会担当シェフであるデービッド・ブラウンはどうしたと言う話もあるが、それはまあ良いとしておこう。火曜、水曜は普通の3コースメニューの試食だから簡単だったが、木曜にはビュッフェの、金曜にはアミューズ ブーシュ(おつまみ様の一口料理)の試食会が入っており、アイテムが多い。分けても無駄だらけなのが、ビュッフェの試食だ。これは滅多に受けないのだが、どうしてもお客様を納得させる為に止むを得ない場合がある。ここ2〜3年で確か4回目か5回目だったと思うが、全て私が担当したので勝手は分かっていて自信はまあある。しかしお客様が2名様だからと言って2名分だけ作れば良いというものでない点が大変だ。温製料理を暖かいままに保つ業界用語で言う「チューフィング ディッシュ」と言う保温器を無理やり3分割して6品の温製料理を出来るだけ少なめにまとめるが、それでも8人前から10人前ででも十分通用する量になるだろう。冷製料理、デザートも同様だ。
 2〜3人前ずつの試食会ならレストランで料理を作って普通に出す様なものと考えれば楽だろうが、実は責任重大な大イベントである。何百人、時には何千人の宴会がこの試食1つでふいになる可能性すらあるのだ。今週宴会部門は私1人でやっていると書いたが、ヴェズナとゴードンがそれぞれ1〜2日ずつ出勤してきて、調理場の仕事とは言い難い棚の組み立てや、倉庫整理をやっていた。勿論当人達は嬉しくなさそうだったが、今週宴会が入っていないからと言って丸々休んでは生活に差し障りがあるし、ジョルジュが無理やり作った仕事だろう。彼等、彼女等の今後の仕事をきっちり取って来るのはこうした試食の積み重ねと本番の成功で実績を作っていく以外にない。
 私がレストラン料理長をしていた間に入社し、やがて更迭された例の女性宴会シェフなどは試食会からしていい加減で他部門ながら(試食は当時もレストランが閉鎖されて前回書いた様にパノラマ ラウンジの名に変わった今もこの場所を使ってやるので、当時試食会の横で普通に店を開けていたから、つぶさに観察できた)見ていて腹が立った。調理場やサーヴィス、更には納入業者など数え切れない人の生活がかかっている話なのだ。私など正直何度やっても本番以上に緊張する。


257.税金の使い道?

(2月15日更新)

 今週は小さなバンケのみだ。例年忙しかったバレンタインデーもレストランを閉店した今年は小さなバンケが一件あっただけ。ビストロはバレンタインデー特別メニューをやる様な雰囲気でもないし。前にも何度か書いたとおりこちらのバレンタインデーは日本のクリスマスイブとよく似た雰囲気でカップルがここぞとばかりレストラン、ホテルで過ごす日だけに普段安上がりに抑える行きつけの店よりちょっと高級なレストランが流行るのだ。レストラン カフェ・ド・ミュゼならばオタワ川、国会議事堂を望むパノラマの景観といい、十分その用途に耐えたのだが。
 今日のバンケも大広間を借り切りながら僅か54名という豪勢なものだった。最初の予約は50名丁度だったのが昨日54名に増え、昨日の時点で6時45分開始だったのが今日7時15分開始に変更。そもそも着席600名、立食なら1000名対応可能なこのホールは当然場所を借り切るだけで日本円にして数十万円。料理や飲み物は勿論別だから非常に贅沢なパーティだと言える。このご時勢に誰がこんな食事会をと見ると、やはり・・・カナダ政府の某官庁である。
 私以下ゴードン、ヴェズナの3人で対応したが、調理場3名、サーヴィス5名、洗い場2名も場所柄止むを得ないとは言え普通この規模なら有り得ない過剰体制。それはともかく肝心の7時15分が過ぎても10人程度しか現れず、貸切の時間だって限られているのだから遅くても8時には始めさせてもらう様私が要請し、8時きっかりに前菜を出した。ここに至っても僅か16名。結局最後までこれ以上増える事はなかった!割合大食漢の人が多かったらしくメインコースは半分以上のお客様が2人前ずつ食べたので少しは無駄が減ったものの牛フィレに付け合せがグラタン ドフィノワーズ(ジャガイモのグラタン)と5種類の野菜だったから2人前は随分な量だ。デザートは再利用可能だが、前菜の余りは使える状態ではない。大体上記の従業員数とお客様の数が殆ど変わらないくらいではないか。
 仕事としてはこんな楽な事はないし、料理には高い評価をもらい、料金は54名分払われるのだから、会社も博物館も損する事はない。しかし相手は国家公務員のパーティー。納税者としては嬉しくない。


258.今週も

(2月29日更新)

 相変わらず小さな宴会と試食会ばかり続く。今週はまあ予定が詰まっているが来週などは準備だけの日もあるようだ。デービッド・ブラウンは実は今月のトップで書いたBal de neigeのイベントの後休暇でスキーに行ったきりで来週も再来週も出勤の予定がないので(一月以上だ)全て私の担当になっているというだけで、実際には忙しい訳ではない。去年の今頃は1人でレストランを廻していたのでむしろ休みも取れない忙しさだった。後はまあイースター以降から活発になっていくというところか。まあこれだけ毎日の様に試食があるからには春からは大分契約済みの予約も入っている。小休止という雰囲気だ。