Essai 2011年 5月


231.いきなりシーズン突入・・と言う感じ。

(5月5日更新)

 相変わらず夜は夜で宴会を引き受けて残ったりもしつつ、レストランも30名、40名の団体もあったりして、尚且つ同時進行で宴会の試食会もレストランで多い時は数件入っている。本来レストラン内でやると言っても、これは宴会シェフの仕事だが、何しろ空席のままなのだから止むを得ない。そもそも冬はあんなに簡単に(最高月、火、土の週3日閉めていた事は以前書いたと思うが)閉店していたレストランも季節を迎えて無休。未だ私の新メニューを理解している人すらいないし(総料理長すら把握していない!)、当然レストラン同様私自身週7日勤務が前提だ。2,3週間くらいであのヒューゴがようやくタイから帰ってくる(2ヶ月とか言っていたが、とっくに倍以上経っている)らしいので、彼が戻ったら新メニューをマンツーマンで教えて、最低週1日は休ませて貰わないと何の予定も立てられない。
 今週の日曜日は母の日特別メニューだが、準備はおろかメニュー自体書かないで、動きながら考えている有様だ。おそらく前日の夜帰ってから最終メニューをタイピングするだろうが、その土曜の夜もレストラン内でやる宴会の為1人で居残りだ。いや、レストランでは1人だが、同博物館内の大広間で1件、戦争博物館内で1件宴会が入っている。戦争博物館はあっちこっちでシェフ経験があるとは言え、ここではパートタイムであるアランが中心になってやる予定なくらいだから、大広間はマニーも一旦帰ってから戻ってくるとは言うもののマイケルも陣頭指揮を取らざるを得まい。面白い事に今名前を挙げた3人全員が私同様カフェ・アンリー・ブルジェの出身者だ。前にも言ったとおり、現在オタワ、ガテノーで現役料理長をしている人間の多くが、あそこの出身者である事を思えば大した偶然ではないが。因みにマイケルは日曜日の母の日ブランチも「俺も出勤して手伝うから」と言っていたがあてにならない。何しろイースターのブランチの時も「週末ずっと俺もいるし」と同じ様な事を言っていたが、土曜日に出勤して近くにいた子に「マイケルは?」と聞くと「休みです。明日は行くからって」との返事。で翌日の本番には私が早朝出勤して数時間後にイブが「マイケルから電話だよ」と言うので、オフィスの電話まで出に行く気も失せ、携帯でこちらから架け直すと「ああ、Naki。どう調子は?あはは、いや大丈夫でしょ。何かあったら俺はここ(自宅)で待機しているから」と予想通りの答え。何かあったらったって、彼の家はかなり遠いのだ。まったく意味が無い。第一私が週7日勤務とか言っているのに総料理長が土日休むなと言う話だ。
 まああのイースターのブランチは大変だったが、その甲斐あってあるお客様などわざわざFaxを送ってきてくれた。「その日の朝、私は前日食べたもののせいか口の中に嫌な味が残っていて、神経が半分眠っていたのですが、あのブランチの料理を頂いた途端、嫌な味の代わりに美味しさが口内に広がり、すっきりと目が覚めました!」と言うやや過剰なほどの褒め言葉だった。そもそもブランチを食べたくらいでFaxで感想まで送ってきてくれること自体珍しい。
 ところで、今回は新メニュー詳細について書くと予告したが、このエッセイ内に書くより、たまにはCollection「ケベック州の厨房から」のコーナーに全部載せる事にした。そういう事の為のコーナーなのだから。写真もリンクさせ易いし。
 ただ言える事は、「本日のスープ」、「本日のお魚」、「シェフのお勧め」、「本日のデザート」と出来るだけ柔軟に色々な物を仕入れ状況なので変えて出せる様にした事。因みに最も手がかかるのは意外かも知れないが、「野菜と豆のテリーヌ」だ。普通は繋ぎにゼラチンを使うが、ベジタリアンのお客様がメインターゲットなので、寒天で繋いだりと、細かい工夫があるので。

 
232.総料理長が調理場に入らない理由。

(5月14日更新)

 母の日のブランチは結局240名のお客様で2回転満席だった。満席で100名とか何度も書いているのに、何故1回転辺り120名の計算?と不思議に思った方もあるかもしれないが、この季節ともなると外にテラス席が設けられるのでそうなる。イースターから僅か2週間で外気が確実に高くなっていると言う事だ。今週は平日でも40名以上のアラカルトを1人でこなした日もあった。これはビュッフェを1人でやるのとは訳が違う。相当な集中力が要求される仕事だ。
 しかしあっという間に母の日から更に1週間が過ぎ、明日はまたブランチだ。週に1回バイキング形式のブランチをやる方が曜日の感覚が保てて良い。週7日勤務して毎日同じメニューを出していると自分の中でまったくメリハリが無くなってしまうからだ。
 とは言え、またしても明日のブランチは1人でやる事になる。今週は珍しく土曜の夜に1つも宴会が入っていない。なのでブランチの準備をやっていたら、例によってとっくに皆帰り、1階のメインキッチンに食材を取りに行くともぬけの殻だった。宴会は責任者不在とは言え、ムサも帰ってきて、新人も大分雇われたから10名程度はいる。しかし宴会が無いので全員休み。彼等は皆週休2日なのだ。
 こんな状況だと言うのに、昨日の朝マイケルと顔を合わせて、数時間後に彼が帰宅させられたとかでいなくなっていた。総料理長が帰宅させられたって・・・。どうも総支配人と何かあったのではないかと思われるが、さっぱり分らない。副総料理長のマニーすら何の事情も知らされておらず、当分来ない事になったとのみ言われたそうだ。要するに謹慎みたいなものなのか。こんな大事な時期に前代未聞だが、余程の事情があるのだろう。しかし、幾らなんでもマニーや私とイブくらいには多少説明があっても良さそうなものだ。
 宴会担当副料理長は本来の定員である2人1度に採用されたらしく、近々2人とも来る事になっているとも聞くが、その具体的な時期もマイケル以外知らないと言うのに。
 いないと見るや昨日など早速ゴードンが、「おまけに見てくださいよ。このブール ブラン ソース。マイケルが久々に(帰宅させられる前に)調理場に入って作って行ったんですけど、分離してますよ」とか言い出す始末だ。だが、それは私から見ればそう不思議な事では無い。ブール ブランの様なソースはレストランで使う程度の分量ならともかく数百人前の宴会用に作れば分離しやすい。こういうものは毎日調理場に立っていれば肌感覚でそうそう失敗しないものだが、現場を離れている人間が久しぶりにやると失敗する仕事のワースト10ぐらいに入りそうだ。大体魚料理にブール ブランと言うこの組み合わせはジョルジュが作ったメニューを未だに使っているが、私から言わせれば容易に暖めなおす事も出来ないこのソースは最も宴会には向かないと思う。そもそもゴードンが自分がやれば分離させないと言えるだけの腕を持っている訳ではないのだから不遜なのは確かだ。彼もずっとこの仕事をやってきて40歳。数年前に改めて調理師学校に入りなおして勉強もしてきたのだから本来ならイニシァティブをとるべき時期だが、責任ある立場は仕事が多過ぎるので嫌う人間がこの国には意外なほど多い。
 それにしても、私のエッセイを読んで、どこでも総料理長が調理場に立たないと言う話が多いのを日本の読者は不思議に思うかも知れない。私もそういう風潮は長年知っていたが、その理由についてはずっと疑問に思っていた。そこで総料理長経験の豊富な神林シェフにお会いした時尋ねてみたのだが、組合が総料理長自ら調理場に立つことを歓迎しないのだと言う。神林シェフは「私など本当はもっと調理場に立ちたいし、一緒に働いた方が若い子の勉強にもなると思うのだけれどまるで歓迎されないんですよ。私が逆の立場ならシェフと一緒に仕事して勉強したいと思うけどね。自分の仕事を取られると思うらしい」と仰っていたが、何をか況やだ。神林シェフが調理場に入った事で仕事が無くなると言える程の優秀な人材がいれば、とっくに他所でシェフが務まる。
 ル・ムーラン ウエイクフィールドはホテルでありながら、経営者ボブの徹底した方針で組合が無かった。だからジョルジュはあそこに居たときは週1〜2回は必ず調理場に入っていた。しかし後任のパディは組合が無くてもまるで調理場に立たなかった。これは彼がフォーシーズンズなど大きなホテルで育ってきた為、総料理長になったら調理場に立たないと言うのが彼の中では常識になっていたのだろうと思う。
 実の所、私も総料理長をやってみないかと言われた所が、過去に2箇所あるのだが、何れもそれこそ自分が調理場に立てそうも無い所だった事を最大の理由に踏み切れなかった。何時までもそれで良いと言うものでもないのだろうが。
 町場の店ならそんな事は無いが、何故かそういった所からは1度もお声がかからない(苦笑)。まあ、町場の店はフジェールやカフェ・アンリー・ブルジェの様に、オーナーシェフが多い事もある。
 それにしてもマイケルはどうなっているのだ。彼の主な仕事である食材と人材の手配はマニーがやるし、私の仕事には影響がない(それもどうかと思うが)が、ちゃんと帰ってくるのだろうか?総料理長が謹慎って、本当この国は通算17年住んでもカルチャーショックの連続だ。まあ、家族思いのマニーは気の毒だが彼も私同様当分週7日勤務になりそうだ。

* 本日は5月18日だが、ようやくこの5月14日のファイルを転送する事に成功した。立て続けに写真とかを増やしたが為にWeb上の容量が足りなくなって通信不可能な状態だったのだ、5月14日の分どころかその前の5月5日の分ももしアクセスしてくれていた方は途中で切れてしまっていた事と思う。Webスペースは追加料金で既にマキシマムまでアップグレードしているので、これ以上増やせず、古い写真の一部で、凡そ皆が興味を持ちそうも無いものの一部拡大ヴァージョンを削除して、開き容量を無理やり増やした。今後古いものを削除するか、もしくは契約そのものを変えて月払いの大容量サイトに転換する必要がありそうだ。ブログなどと違って、自分で全部作っているサイトだから、面倒な事が多い。
 状況はしかし、5月14日に書いた事から、全く進歩していない。相変わらずマイケルは何時帰ってくるか分からないし。私は凄く忙しい。昨日も朝から晩まで。明日もそうで、今日だけは夜の宴会はマニーが仕切る一件だけなのでちょっとデコレーション用の細工を手伝うだけで帰宅したが、それでも自分の仕事もあるし、朝から夕方の6時までは居たから、短いシフトとは言えない。当たり前の様に今日の昼も試食会もやりつつ、店も忙しかった。余程忙しく無い限り1人でやる様にしているが、先週のように40名もアラカルトでどっと押し寄せる時は、1人、2人廻してもらえるよう手配した。早くヒューゴが帰ってくると良いのだが。第一せめて2週間に1回でも休みの日が欲しいのが本音だ。


233.何時までこの状態が・・・

(5月23日更新)

 前回の更新時から実は何も状況は変わっていない。マイケルは相変わらず何時帰ってくるのか、いや帰ってくるのかどうかさえ定かではない。勿論私はずっと休み無しのままだ。マニーでさえ昨日の日曜は1日休んだと言うのに。先週の金曜にヒューゴが帰ってきて挨拶に来た。彼が復帰してくれれば言う事はない。しかし、彼が出発する去年の終わり頃のエッセイで書いたとおり、会社が認めたのは2ヶ月までの休暇扱い。大幅にその期間を超えて戻ってきた訳だから、再雇用して貰わなければならないと言う問題がある。出発当時の総支配人ルシャールから、ルイに代替わりしているし。マニーも「俺からも必要な人材である事は強調しておいたけど、どうなる事かな。今週中には結論が出るだろうが。いや、休みも無いNakiもだが、俺だっていい加減限界さ。マイケルの仕事に、宴会料理長の仕事、自分本来の仕事もあるしな」と言っていたが、まったくだ。マイケル以上に2人来る筈の宴会担当スーシェフ達の状況はどうなっているのか。ゴードンは前回書いたような有様だし、ムサも仕事は真面目にやるベテランだが、リーダーシップを取るには弱い。つまりスーシェフはおろか中堅も不在なのだ。レストランの為だけではなく、宴会も含めヒューゴの様な優秀な人材は何としても確保すべきだと思うが、そういう所が大きな会社の弊害なのだ。新しい総支配人は切れ者のようだが、そう話の分からない人間ではないと期待している。うちで再雇用されなければ、かつて彼が在籍したカジノのヒルトンに行くだろうし、その方が条件もずっといい筈。タイで野菜の彫刻なども随分勉強してきたようだし。それでも本人が「最後の方はタイも退屈でした。今度はNakiの日本流のテクニックとか学びたいから、出来ればここに帰ってきたいですね」と言ってくれているのだから。
 それにつけてもレストランは平日でも毎日忙しい。本来毎日2人は必要な所だ。昨日も1人でブランチをやっていたが、ヴィクトリアデーの前日だからどどっとお客様が来て、料理も一気に無くなって、オムレツ焼いたり、肉を切ったりしている暇がなくなって、「アプレンティ(研修生)でいいから、オムレツぐらい焼ける奴を上(レストラン)に1人暫く廻してくれ」と頼んだ。宴会は前回書いた様に人数だけはいるし、日曜の夜は宴会が入っていないのだから、皆翌日の準備をしているだけなのだから、私が宴会料理長だった時なら、最初から1人レストランに廻していただろう。
 今日もヴィクトリアデー当日だから散々追いまくられたが、人を廻してもらえる状況では無かった。私に何かあったらどうするつもりだろう。レストランを閉めるのか?カフェテリアでピザだのハンバーガーだの作っている子達は同じ館内のレストランのメニューにすら関心がないようだし、勿論その内容も全く知らない。そもそも手伝いならともかく、ソーシェが出来なければ私の代わりは務まらないのだ。前述の様に中堅すらいない状態では、マニーとイブの2人のシェフ クラス(私を含めシェフクラスが3人しかいないとは・・・去年の今頃はマイケル以下6人いてもドタバタしていたのに)かパートタイムのアランくらいしかいないが、それにしても誰も新メニューを把握してはいない。勿論このクラスになれば、例の「日本、伝統と革新コース」はともかく、メニューを見ればそれぞれの解釈で作れるだろう。しかしマニーやイブがこれ以上他所を手伝う余裕がある筈もないし、アランは自分が経営するIT関係の会社(多才な男だ)もあるので、そうそう来れない。もうなるようになれだ。その「日本、伝統と革新展」も20日から始まったが、とても観に行っている暇が無い。ロボットのアッシモもうろうろしているらしいので、是非遭遇したいのだが。
 遭遇と言えば、今日は比較的早く仕事が終わった(それでも夕方の5時。ただ世間は祭日だから道が空いていて早く帰って来れた)ので地元のスーパーに行ったら、フジェールなどを手がけるガーデナーのジェニーに会った。地元のスーパーに行くと誰かしら知り合いに会うものだが、目の前にあるこのスーパーにも数ヶ月ぶりで行った。普段は営業時間の長い、会社近く、もしくは通り道のスーパーにしか行かなくなっている。まあ、止むを得ないが。


234.Impossible n'est pas française?

(5月30日更新)

 前回の更新の翌日、つまり24日の朝マイケル・ダニエルズ総料理長から会社に電話があり、辞任の意向を伝えたと言う。今もって調理場の誰1人そこに至る事情は知らされていない。ま、考えてみれば私の前任レストラン料理長であったデーブの時にせよ結局詳しい理由は分からないままだった。彼は今は新しくオタワに出来た宴会場に勤めているらしいが。
 もうこの件に関してはあまりコメントもしたくない。何れにせよ日本人の常識からは乖離している。ジョルジュが辞めた後副総料理長だったマイケルが昇進した時も数ヶ月間総料理長不在の状態が続いたが、またそれだ。勿論現副総料理長のマニーが業務を引き継ぐので事実上彼が総料理長代理な訳だ。私としてはカフェ・アンリー・ブルジェ時代からの仲間であるマニーに継いでもらって欲しいと思っている。彼は料理人としても料理長としても優秀な男だ。何しろ見習い時代から数十年ジョルジュ・ローリエの下で修行を積んだ人間だけの事はある。
 マイケル辞任と同日ヒューゴの再雇用許可がようやく下りたので、その翌日の水曜から彼が復帰してくれた。初日の水曜から16名のグループと14名のグループの予約が入っており、その2グループだけではなく、全ての予約が同じ時間に集中。当然ヒューゴがいなければ誰かしら下(宴会か、カフェテリアのメンバー)から呼ばなければならなかった所だが、こういう時は忙しくなってから手伝いに来てもらった程度では厳しい。準備段階から2人でやれたのは助かった。そもそもレストランも最低2人常時いる体制でなければどうしようもない所まで来ていたのだ。続く木曜、金曜も予約は殆ど入っていないのに関わらず、6名、8名と続々予約なしで入ってくるし、そうかと言ってブランチの準備も進めなければならない。ヒューゴが呆れて、「ずっとこんな状態で1人でやってたんですか!」と聞くので、「うん。先週の方がもうちょっと忙しかったかな」と答えると一瞬絶句していた。更には「そもそもこんな状況で1人なのに何故こんな手のかかるメニューを?僕がシェフなら出来る限り簡単なものにしますがね。これじゃまるで自分の・・いや自分を・・何と言うか・・」「自分で自分の首を絞めるとか日本では言うな」「そう!まさにそんな感じ」。まあ、それは分からなくは無い。10人いれば9人賛成しそうな意見だ。ある意味自分への挑戦かもしれない。お客様が「え!1人でやってたの?」と感心する・・・なんていうのはいらない。1人でやっている事に気付かれなければ成功という所だ。
 極めつけは土曜日。37名のグループが一切メニューを決めないで予約してきた。勿論予約はこのグループで貸切な訳ではないので、軽く50名以上。これにはヒューゴが「37名アラカルトからコースから何でもありって、それ不可能でしょう。どう考えたって・・・」と言うのに内心は同調しないでも無かったが、「不可能はフランス的じゃないんだろ(“Impossible n'est pas français”・・・日本語では何故か「我輩の辞書に不可能の文字は無い」と言う凝り過ぎた翻訳で知られるナポレオンの言葉)。大丈夫。私の言うようにやればこなせる」と保障した。本当に不可能と思えば断るが、こういう時は1つのグループと考えず、テーブルごとに分けて、順番に対処していけば何とかなると経験で知っているからだ。勿論前菜などはこちらのタイミングで何時でも出せるようにあらかじめ無駄になっても用意しておいたり細かい工夫は必要だが。
 経験の末に身に付くのは無茶は言わなくなると言う事が1つあると思う。マイケルなどはかなり無茶を言ったが、これは前々回書いた現場に立った時間の短さから来るもので、それには私はノーと言わざるを得なかった。マニーならそんな事はない。実際調理場は何の問題も無く廻ったが、グループと別のテーブルのお客様が「何度呼んでもウエイトレスが来ない場面が何度もあった。料理は美味しかったけど、2度と来る気にはならない」と大変立腹されていた。問題は「こんな大きなグループも入っていて、しかも私以外のウエイトレス2人は新人ですし・・・」とか1人何年も(パートタイムながら)前から働いているエリーゼがお客様に向かって言い訳をしてしまった事だ。こういうのは最悪だ。そんな内輪の事情はお客様には関係ないのだから、ひたすら謝るのが最善の策なのだが。実際先週一杯で3回お客様から抗議があったが、全部ワインやサーヴィスに関するもの。エミリー、ヴァンサンの2人の優秀なサーヴァーが殆ど同時期に辞めてしまったし、エミリーの後を受けて主任サーヴァーとして入ったイザベルとメートル・ドテルのジョエルが2人ともこんな忙しい日に休みなのが信じられなかった。
 土曜日はこれに留まらず、夜も大広間とレストランでそれぞれ1件づつ結婚式があったが、大広間は大人数だし、レストランは50数名のビュッフェ形式だからこれは私1人で引き受けた。ところが、冷製料理を並べようとサラマンジェ(ホール)に行くと氷を敷き詰めたアイステーブルが用意されていない。この日のメニューは海老のカクテルや、帆立など冷たい海の幸の盛り合わせが含まれている上、店内は結構蒸し暑い。とても氷なしで出せるものではないので、宴会のウエイターを捕まえて、「おい、アイステーブルがなけりゃ出せないぞ」と言うと、「僕等そんな時間ありません」とのたまう。時間があるとか無いとか言う問題じゃない。そんな危険なものを出して食中毒でも出せば、時間など嫌ほど持てるようになる(要するに全員失業)と言う事くらい思い浮かばないのか?仕方ないので「どけ、私が自分でやる」とアイステーブルを1人で運んできてセットアップし始めた。ま、ここまでパフォーマンスをやれば、さすがに「手伝います」という若者も1人や2人出てくる。ところが、その時になってようやくこの宴会のホール責任者であるジョージ(私よりもかなり年上だが特に問題の多い男でもある)が来て、「シェフ。今晩は温製料理だけで6種類。それなのに料理を並べるスペースが極端に少ないんだ。アイステーブルなんか置いたら、場所が無くなるじゃないか」ときた。場所があろうが無かろうが、契約どおりの料理を出す為には絶対必要だ。海老のカクテルや軽く火を通しただけの海の幸がどれほど危険か分かっているのだろうか。それこそマニーは無茶を言わないと分かっているので「今の最高責任者はマニーだ。彼に聞いてみたら」と言うと、当然マニーからも「それはNakiの言うとおりだな」と言われて帰ってきて、「だから、どうやってスペースを作るんだよシェフ」と水掛け論を繰り返すだけなので、全部私がアイステーブルを入れた状態で並べ替えて、温製料理用の保温気の点火まで自分でやった。こんなもの、その気になれば何とでも場所を作れるのだ。
 ただでさえ長い1日なのに、昼、夜共別々のサーヴィス陣に泣かされるとは。こんな事をやりながら、ブランチの仕込みも傍らでやり、ヒューゴは下の大宴会の方に派遣したが、マニーに「ヒューゴはメイン料理を出す時以外ブランチの仕込みをやらせておいてやってくれ」と頼んだので、彼もまた長い1日。結局私は久しぶりに15時間ぶっ続けで走り回ったが、翌朝も7時出勤だ。
 しかし、ヒューゴのお陰で今日月曜日は久しぶりに休んだ。ヒューゴは「こんな忙しいのに僕1人って・・・」とぶつぶつ言っていたので、「月曜日は一番・・と言うか唯一暇な日だから大丈夫だよ」と言ったが、疑いの眼差し。それはまあ100パーセント保障は出来ないが、祝日でもない限り月曜の昼から安くないレストランで食事を取ろうという人はそういない。そもそもヒューゴはスピードだって他の子達の3倍は速いのだ。そういう子だからこそ忙しさがちゃんとイメージ出来る訳だが。結局私が、月曜休み、彼が火曜休みと言う事にした。帰ってきたばかりで週1日辛うじて休める程度の状態では(この国の常識から考えれば)気の毒だが、彼なら大丈夫だろう。
 5月に入って初めての休みか・・・ってもう明日で5月終わりじゃないですか。6月は卒業パーティと結婚式の去年同様最多忙月だと言うのに。