エッセイ2011年4月
228.何となく危ない・・で排斥しないで。
(4月7日更新)
今や地震より原発問題が肥大化して、1人日本に留まらず世界中の関心の的になっているようだ。しかし日本国内に於いては未だ地震や津波そのものの恐怖が去った様子は無く、今日も震度6と言う大きな余震で東北全域が停電にまで発展したそうだが、これを読んでいる方々は私よりニュースに通じている事と思うので、それについては書かない。
今この業界の人間として一番気になっているのは福島を中心に(世界的には日本産全てが)農作物、魚介類等が放射能への懸念から事実上受け入れ拒否されている現状だ。いや、食べ物どころか福島県民全体に対してまるで伝染病の持ち主がごとく差別されていると聞く。放射能は人から人へ伝染する様なものでは無い筈だ。
直接口に入る食物に関してはしかし、皆慎重に成らざるを得ないのは当然だ。ただ、何となく福島、その近辺の産だから危険だとか風評に惑わされて使わなくなる事が怖いのだ。
そもそも食に関してはそういう現象が起こりやすい。事が放射能となると、一見他の物とは異質の様だが、実態を把握しないで「何となく危険」で片付けてしまう点は同じだ。
イギリスに居たときは狂牛病で、お客様の目の前でステーキを焼く度に「これは狂牛病の影響の無いスコットランド産で・・・」とか説明したものだが、そもそも不安な人は牛肉そのものを我慢していた。もっとも産地偽装なんてする馬鹿がいるから人々の信頼が薄れていくという事はある。
イギリスから15年前ケベック州に移り住んでからも鳥インフルエンザに始まり、やれ豚が危ない、今度はほうれん草だ、トマトだとどこかで問題が生じるとその食材が何処産であろうと歓迎されなくなると言う事象が繰り返されてきた。前のホテルで総料理長不在の間、代理として毎日オフィスのパソコンに向かっていると、出入りの業者から毎日の様にこの手の情報に関するリポートのメールが送られてきた。
フードファディズム(food faddism)と言う考え方がある。食べ物や栄養が健康と病気に与える影響を過大に信じる傾向の事だ。何となく有害そうと言うイメージである食材を敬遠したり、逆に何となく健康に良さそうと考えて、テレビ番組で取り上げられたダイエット食品や健康食品に飛びついたりする傾向。例えば食べ物に着色するものは全て悪の様なイメージがあるが、ソーセージの発色に使われる亜硝酸塩などは有害な微生物の発生を抑える働きがある。農薬だって使わない方が危険が大きい場合も多々あるのだ。
この様な例を挙げていけばきりが無いが、要は何となく健康に良さそう、悪そうをイメージで決めないで、よくよく調べてから決めて欲しいと言う事だ。勿論そんな暇がないと言う方は信頼できる専門家を廻りに見つけ、相談するのも良い。
地震で家屋は壊れても辛うじて畑が残ったキャベツ農家の方が出荷停止を苦に自殺された話はショックだった。日本全体の為にも福島周辺の農作物、海産物の安全性を一刻も早く確認し、復興に結びつける事を切に願う。
229.宴会に、イースター、そして新メニューと・・・
(4月20日更新)
ここ3週間程本来定休日の月曜から仕事と言う状態が続いている。まあリテッシュがいなくなって元々2人必要な宴会シェフがゼロなのだから止むを得ない。先週の月曜など一番暇な週の頭だというのに朝から晩まで勤務した。宴会の試食も週の半分くらい入っている。これは大きな宴会が前に控えている事を意味する。1000人を超える宴会が試食会の結果1つでサインするかどうか決まるのだから、それはそれで責任重大ではある。しかし、試食は引き受けても、こんな大きな宴会の本番は片手間に引き受けられる筈も無いのだから、一刻も早く新しい宴会シェフが必要だ。
レストランはレストランで結構忙しいのだ。平日は未だ未だ暇だが、ブランチは先週でも満席(つまり100席)だったが、今週のイースターにいたっては流石に回転せざるを得ないほど予約の電話が鳴り止まない。とは言え全席2回転させるのはちょっと無理があると思うので、1回転半、150名くらいが限界だと思う。そうでないと一部のお客様は追い出される様な気分になるだろう。またイースター特別料金で若干高いので、定連のお客様が見ても明らかに違うという風にしたいのでデクパージュ(お客様の前で切り分ける)は牛と七面鳥の2本立て。冷製セクションも鮭のゼリーがけベルヴュ風(鮭を姿盛りにした料理)などいかにもビュッフェらしいものを備えておいて、温製も一工夫と言う計画にした。マイケルが「何か要る物あったら注文するから」と言うので、「鮭を丸ごと最低2匹程。牛も何時もより良い部位を。魚は内様で工夫するから泉鯛で良い・・・七面鳥はどうせ注文するでしょ?」と聞いたら、「七面鳥?別に注文する予定は無かったけど、Nakiがやるなら取るよ8羽くらいで良いかな」と気の無い返事。まあ何時もの事だ。
来週には新メニューも始める予定だ。さすがにレストランの新メニューともなれば、私が持っていったアイデアをたたき台に、マイケルが「これはこうした方が良いんじゃないか」みたいな反応を示し、最終的に味見の会でも開いて決定・・・と言うパターンを考えていたが、新メニューをマイケルの所へ持っていったら、全部に一応目を通して一言「じゃ、早速メートル・ドテルにハードコピーを転送してメニューを印刷してもらって、来週からスタートしてね」で終わりだ。凄い信頼関係・・・と解釈する事にしよう。もっともメニューと一緒に私の新メニューコンセプト。無駄をなくし、お客様を呼ぶ目玉を作り、マーケティングした人気のアイテムを随所に・・etcを提出したから、それで良いと思ったのかもしれない。まあ私としては前回メニューが変わって2日目にこのポジションを引き継いだので、ようやく100パーセント私のメニューになる訳だから文句をつける事は一切無いのだが。
しかし、単に新メニューと言うだけでなく、今までアラカルトだけだった所へ私は1つコースメニューを作る事にしたのだが、それについても一言も無かった。こういうのは普通会議で承認されなければ駄目なんじゃないのか?マイケルは同じ様に大英帝国系のパディと似た所は多いが(自分でメニューを作ったり料理したりしない所は特に)、大きな違いはパディは会議が大好きで、何かと言うとマネージャーミーティングをやりたがって私を辟易させたものだった。それよりこっちの方が楽で良いが、ここまでくると聊か不安でもある(笑)。
このコースメニューについては私なりの考えがあってのちょっと面白いものにする予定だが、これについては次回にでも詳しく書きたい。
230. 日本ー伝統と革新・・・コース メニュー。
(4月29日更新)
結局先週のイースターのブランチは前半と後半に分けての予約と言う事でお客様にご理解頂き、完全に二回転させる事が出来た。流石に準備段階から本番までアランとゴードンに手伝ってもらった。すっかりシーズンが始まったからには、普段から最低1人は付けて貰わないとお客様に迷惑をかけてしまう。実際僅か一週間挟んだだけで母の日のブランチが控えている。また特別メニューを組まなければならないし、イースター以上の忙しさになる筈だ。
そんな中今週から新メニューが始まった訳だが、平日も忙しくなり始めるタイミングだ。前回予告したので取りあえずコースメニューについて書く。
実はこの文明博物館で5月から10月まで「日本−伝統と革新展」が展示される。これに合わせて、そのままタイトルを頂いた「日本−伝統と革新コースメニュー」と言うのを考えた。今何となく日本の食材から料理に至るまで敬遠されがちになっているこの状況だからこそやりたいと思って作ったメニューだ。何をベースにするか悩んだが、結局最もポピュラーなものに焦点をあてて、寿司を前菜に、天麩羅をメインに持っていく事にした。勿論伝統と革新を歌うからには、普通の寿司、普通の天麩羅では意味が無い。何処を崩しても寿司と呼んで許されるか、天麩羅と呼んで許されるかを日本人として示したい気持ちもある。ケベック州日系料理人協会の枠で、モントリオール ブレテン誌に鈴木会長と私が交代で連載させてもらっている事は前にも触れたが、前回の会長のエッセイの中で、日本の調理法から逸脱した寿司が多く出回っている事が指摘されていた。「寿司」と聞いて頭の中で「酢」の漢字を思い浮かべるのは日本人だからであって、外国料理として表面的な印象で判断する人にとっては、生魚を使っていれば寿司。或いはご飯と合わせてあれば寿司、従って握りずしとお握りもまったく区別できないという事になってくるのだ。
だから私はあえてキノア(インカ帝国から伝わる米の何倍も栄養のある穀物)を使って寿司を作る事にした。キノアだけでも十分に寿司が作れる事が実験して分ったが、味はともかくもちっとした米の食感は出ない。奇をてらう事が目的では無いのだから食べて美味しくなければ話にならない。そこでアキタコマチの種をカリフォルニアで育てた米と合わせる事にした。酢もやはり米に一番合うのは米酢だから、これをベースにしながら、他の酢も香り付けにという程度のアレンジ。中身は生魚は使わず、アメリカで人気のパターンの1つ、鮭の燻製とクリームチーズの組み合わせの巻き寿司。海苔と共に大豆から作られた色つきのラッピング ペーパーの2種類で巻いて彩りを添える。ここまで崩しても酢がしっかり利いていれば寿司と呼んで差し支えないと言う見方だ。「これで寿司なの?」と言う疑問がお客様からくればしめたもの。そこで解説できる。
天麩羅については、海老と野菜の基本的な組み合わせながら、野菜をたっぷり使ったエーグルドゥ−ス(甘酢)ソースを廻りに散らしている。これは野菜の出汁をベースにローカルのメープルシロップやバルサミコを使ってある。
最後のデザートにはかつて西田前カナダ大使(現ニューヨーク国連大使)のご依頼で考えた抹茶と漉し餡のクレム・ブリュレ。前菜からデザートまで伝統と革新のテーマに合わせたつもりだ。
しかし、こんな特別コースメニューも含め、新メニュー全般について、総料理長のマイケルが一切コメントしなかった事は前回述べたが、彼だけでなく、メートル・ドテルも総支配人も一言も言って来ないまま私が英仏2ヶ国語で書いた通りにメニューが出来上がってきた。唯一タイピングしたウエイトレスの知識の無さで私が、ジャガイモのロシティとした所がジャガイモのロティ(ロースト)に修正されていた。いくら私がぼんやりしていても2ヶ国語両方にロシティと書いたのが間違いであるはずも無い。ロシティはジャガイモを千切りにしてガレット状に作るもの。これは鴨のコンフィに添えるのだが、鴨のコンフィとロシティの組み合わせはチャーリーとジェニファーのトロントLoons時代からのスペシャリティ。ここだけはパクリだ。もっとも私自身Loons開店初期の頃から四半世紀この料理に親しんできたのだからそのくらいは許されるだろう。勿論この組み合わせ以外は漬け込み方からソースまで、私ならこうすると思ってきた通りに変えている。
まあ長くなるので新メニューの詳細は改めて書く事にしたい。
今日博物館の幹部が10名で予約が入っていて、限定メニューで良いとの事だったが、あえてコースメニューまで含めた全メニューから選んでもらった。勿論他にももう1つグループがいて、小さなテーブルも幾つか入っていたので1人で廻すには随分な忙しさになる事は目に見えていたが、彼等に食べてもらわなければ意味が無い。実はこの予約を見越して今週からスタートさせたのだ。幸い3名がこのコースメニューを頼んでくれた。