エッセイ2009年8月
134.ハイテクとアナログの間で
(8月8日更新)
前回書いた様に、未だ本来の仕事にフォーカス出来ない状況が続いている。とは言え、大口の宴会が入れば当然そちらを無視して、我関せずと言う訳にはいかない。その為にこちらに移籍したのだから。特に週末はそうだ。今日もかなり大きな結婚式他、昼の仕事の後手伝った。と言っても今日も朝6時に職場入りしていたので、夜は遅くまでは残らなかった。となると日本人、特に私の世代なら全然楽な時間割だ。
平日でも早朝は首都都市部とは言え道が空いているが、土、日となれば尚更で、その点運転が楽だ。今朝などチェルシーからオタワ方面のハイウエイ上に熊が飛び出してきた。路上で熊に遭遇したした事は4〜5回あったし、それどころか車に乗ってもいない時に危険な接近遭遇未した事なども以前書いた通りだが、首都まで7〜8分と言う場所での遭遇など流石に初めてだ。未だ従業員駐車場のパスが降りないので、毎日駐車場代は結構かかる。従業員駐車場とて全く無料ではないが、月極めの料金は都心としてはべらぼうに安いので、早く手に入れたいところだ。それにしてもタイムカードを兼ねた社員証と、前エッセイで述べた博物館内何処でも入れるセキュリティ カードと、更に別にこの駐車場パスがあるのだから面倒くさい。駐車場パス以外の2つのカードはようやく貰ったが、セキュリティ カードなど、それを作って管理する専用の人まで雇われているのだから流石にカナダ最大級の博物館だけの事はある。ジョルジュと共にその人の所に行ってその場で写真を撮ってもらって作ったが、使用できるようになったのは翌日からだ。つまり作ってからプログラミングしなければならないからだが、これにより、誰が何時何処のドアをアンロックして通過したか全て記録されると言う。
全く近頃のテクノロジーには驚かされる。無論それは調理場に於いても同じだ。
特に凄いのが2台ある大型の調理機器。内部でグリル、ロースト、蒸し料理など、様々な調理が出来るが、そればかりでない。同機械に皿に一つ一つ盛り付けた付け合せの野菜、メインの肉料理、魚料理など、ほぼ完成した状態で冷蔵していた物をまとめて入れると、まるで作りたてのように暖めなおす事が出来、後は取り出してソースをかけて、飾りにハーブでも乗せれば完成となる。まるで巨大な電子レンジみたいだ。グリルや、ローストでも肉などに探針を差し込んでおくと、出来あがれば自然にストップする。この2台の機械とは逆に冷却装置の機械もあり、こちらも同じく探針を使ってターゲットにする温度まで下がると警告音で報せてくれる。2千人ものバンケットで、ブッフェスタイルではなく、一皿ずつ一気に供するとなるとこうした設備は不可欠なのかもしれない。我々にとっては、今までの経験から見て何と楽な事かと思う。しかし、修行を始めたばかりの若い料理人にとっては如何なんだろうと思わないではない。初めて働く調理場にこんな至れり尽くせりの設備が整っていては、他所に行ってから苦労するのではないか。これ程の装備を持った調理場は全国的に見てもそう沢山は無いだろう。それでなくても最近は「これは何度のオーブンで何分で火が通るんですか?」とか言う質問をよく受ける。勿論その肉だとか魚だとかを見れば或る程度答えてあげる事は出来るが、次回同じ種類の肉、魚なら同じ温度、同じ時間で火が通ると思ってもらっては困る。何時も均一な食材など有り得ない、食材は元々生き物なのだ。そもそも魚にせよ肉にせよ、予め卸して部位に分けたものが配達されるから、尚更彼等彼女等にその意識が薄れていくようだ。魚は切り身で泳いでいる訳では無いし、鶏はパックに入って生まれてくる訳では無いのだ。
料理学校などでも、設備が整っているのが生徒を集める条件かもしれないが、習っている段階だからこそ、アナログから始めるべきだと最近よく感じる。マヨネーズが無くなったと言うから、「作ればいいじゃないか」と言っただけで「え!マヨネーズを作る・・ですか・・・」と絶句したりする。こっちが絶句してしまう。ましてやハンドミキサーも使わず、ボールと泡だて器でさっとマヨネーズを作ってみせると、まるで魔法でも見たみたいに感心する。実際マヨネーズの乳濁などはボールに泡だて器で失敗する様なら、自動泡だて器を使ってもまず分離する。その段階で原理を身体で覚えないと無理なのだ。
技術的な事を言うなら、設備の不自由な場所とか、電気が止まった、機械が壊れたとか言う緊急事態でこそ差が出てくるし、そう言う時に対処出来る能力を養成しておく事はプロとして必須だと思うのだが。
135.そろそろ出番か・・・
(8月23日更新)
相変わらずカフェテリアなどを手伝いながら、バンケットが忙しくなれば手伝う二重生活をしてきたが、そのバンケットが実際忙しくなってきた。明日には最後まで休んでいたスタッフも帰って来るのでようやく本来の仕事に専念出来そうだ。昨夜の土曜などは実に145、300、271、100、78と5つの宴会が文明博物館と戦争博物館に分散されて入った為、早朝から夜までの長いシフトとなった。全部で約900名程のお客様だが、未だ1000名を越えない内は大したこと無いらしい。とは言えブッフェ形式は一つも無く全てコースメニューだったから例の過剰気味な設備あればこそ可能だったと言えるかもしれない。しかしこうして数百名クラスの団体を5つも6つも簡単に引き受けられるキャパシティは凄い。先月書いたように、最高6千名以上収容出来る訳だから、そこだけ見て日本流に言えば○○会館の様な一大宴会場の様である。が、しかし昼間はカナダ最大規模の国立博物館であるという所がちょっと日本ではありそうも無いシュチュエーションだ。
ところで、ここの宴会調理場には以前からもう一人日本人の女性森川きょう子さんがいる。しかし最近彼女は完全にパートタイムと化して滅多に来てないらしい。今はマリオット ホテルで主に仕事しているものの、そちらでも毎日仕事がある訳ではないと言う。そんな訳で先週末にようやく初めて会え、未だ3回くらいしか一緒に仕事をしていない。昨晩も仕込みを終えたら彼女は戦争博物館の方に廻り、文明博物館に残った私とは別行動だった。
と言っても実は彼女とは初対面ではない。昨年私が大使公邸にデザートを作りに行った例のイベントの時に公邸に手伝いに来ていたからだ。職場で日本語の会話をするなんて、永住権を取る為に日本に一時帰国し、お台場のホテル日航東京で仕事をしていた時以来だ。あれからでも何と10年以上経つ。
流石に大組織で人数も多いのでこんな事でもあるとちょっと嬉しい。
何れにしても漸く本格的に出番が来そうだ。今のように早朝出勤でなくなるのは助かるが、朝の出勤が基本なのは変わらない。となるとなまじ早朝でない分、一般の会社員の出勤時間と重なり、渋滞に巻き込まれる恐れはありそうだ。この辺りは都会で仕事をする上では覚悟しなければならない点だ。と言っても東京出身の私からすれば渋滞と呼ぶほどの事はなかろう。
本来の仕事に専念出来、新しい職場のリズムをつかめば、来月にはきっともう少し頻繁にこのサイトも更新できるだろうと期待している。
136.宴会の週末・・・ようやく。
(8月31日更新)
結局今月も最低更新に終わってしまった。週末は宴会に専念して初めてのものだった。金曜日は一軒しか宴会が入っていなかったので、トック帽(今時古い気がするが、この会社では山高のトック帽は総料理長、副総料理長、副料理長のみが被り、残りのキュイジニエは短い帽子を被る)を被った者として唯一残り、初めて監督したが、ずっとここでやって来た他の子達の方が機械の事なども十分承知しており、せいぜいちょっとした要領についてアドヴァイスする程度だった。
土曜日はまたいくつもの宴会が入っていたので、私は初めて戦争博物館の方に、もう一人の宴会シェフであるデーブと共に周り、文明博物館の方には総料理長、副総料理長が残って2人で仕切ると言う役割分担で行なった。
戦争博物館の方は設備が不十分で、やり辛いと聞いていたが、私の様な古い調理場で生きてきた人間にはかえって楽だ(苦笑)。それに戦争博物館の方は私には(宴会に専念して)初めての週末、初めての戦争博物館と言う事もあり、デーブと2人で行ったものの(勿論2人だけで行った訳では無い)、宴会は一軒、150人規模の結婚式、それもブッフェ形式だったので楽だった。アミューズの盛り合わせの冷製を出した後、温製の物は仕込みだけして、裏から定期的に出して貰うよう段取り、デーブと2人で3種類の肉(子羊の詰め物、七面鳥、豚の自家製ハム)のデクパージュ(切り分け)をやっているだけで済んだ。もっとも3種類を2人で切り、150人強が同じタイミングで(結婚式だけにメインを食べる時間帯に限りがある為)取り分けて貰いに来るから、その時はそれなりに忙しい思いをした。しかし本当の仕事は前日子羊を捌いて詰め物をして焼いて・・とその時点で終わっているのだ。「え!前日焼く?」と疑問に思われようが、例によって2種類の近代機器(調理及び再加熱の総合機と冷却装置)のお陰で、調理後に最適な速度で温度を下げ、翌日、改めて再加熱すると、調理仕立ての状態に出来る。確かにこれ等を駆使すると、プロが見ても(食べても)今料理したばかりの状態になるから不思議だ。ブッフェでなくとも、皿盛りの料理を一気に再加熱する事も出来るのは前に書いた通りだが、数にして84皿ずつ加熱出来、この機械が2機あるので、160〜170人前の料理が一気に仕上がり、後はソースをかけて、飾りをつけるだけで出せるのだから時代の進歩は凄い。私などは「この機械が壊れたらどうするのか・・・その場合のベストな方法は・・」とか余計な事ばかり考えてしまうが、やはり古いと言う事か。
そうした忙しい週末も終り、今日は朝から夕方まで丸1日保健講習会を受けた。私以外は皆フランス系(一人スペイン系がいたが、彼も英語よりフランス語の方が得意)だったので、講習は全てフランス語。8時間も未だにチンプンカンプンなフランス語の講習を聞かされた挙句、その後テストを受けた。話を聞くよりは読む方が未だ分かるし、例えば英語のStaphylococcus(ブドウ状菌。一説には90パーセントの食中毒の原因とも言われる病原菌))はフランス語でもStaphylocoqueと字面だけ見れば変わらないので、フランス語の問題で分からなければ英語の問題でも分からないだろうとは思ったが、テストは英語版もあると言うので、それにしてもらった。結果は無論未だ知らないが(苦笑)。それにしても、今日暇だとは思っていたが、こんな事が待っているとは聞いていなかった。かえって疲れる。