121. 休暇の度に。
(4月4日更新)
去年の休暇の時はパディが倒れ、その前の年の休暇明けにはジョルジュ前シェフが辞め、そのまた前の休暇中には務めてたレストランが廃業と、私が年に1度の休暇を取る度に何か大きな事が起こるが、今回も例外ではなさそうだ。
実はロメインがガテノー市ハル地区の新しく出来る400席の大型ブラッセリーに引き抜かれ、4月一杯をもって辞める事に昨日決まった。
まあ、流石に私の休暇中にいなくなったりする訳ではないが、何故何時もこういうタイミングなのかとは思う。新ブラッセリーではオープンから半年は別なシェフが立ち上げ、ロメインはスーシェフを勤めるが、そのシェフは半年後にはスペインに行く事になっており、後を受けてロメインが総料理長をやるというからいい話ではある。大型レストランが軒並み閉店する中、新しく400席のブラッセリーが誕生するという事自体業界にとって明るい話題だ。最近ロメインの出身地(ワインで有名なボルドーのサンテミリオン地区)で彼の友人シェフがミシュランの二つ星を獲得したりと言うニュースもあり、彼としても全て自分のメニューで勝負したい気持ちが高まってきたのではないかと推察する。勿論、一方でこれからの彼の活躍は楽しみでもある。彼は若いが創造性と共に柔軟性がある。例えば日本人の私がやるフランス料理の調理法等でも、そっちの方が合理的、或はそっちの方がおいしくなると思えばいつの間にかちゃっかり採用している。和食や日本の食材に関することは別として、中々そこまで柔軟にはなれないものだと思う。フランス人の彼がフランス料理をいくら自分より経験が長い相手でも外国人、それも非欧米人から学ぼうと言う気になると言うのは凄い。そういうのを全部吸収しておいて、自分のオリジナルに消化させる。マネージャーとしてもきちんと計算ができるし、近い将来大物シェフになるだろう。
それは良いが、こっちのホテルとしてはシーズンを前にして厳しい状況だ。しかし考えてみると休暇の予定が完全に決まって後数日で出発と言うタイミングな時なのはまだ良かったのかもしれない。前回書いたように他のスタッフ達も成長してきている訳だし。
そうは言っても4月は未だ暇(でなければ休めないが)だが、5月、6月は団体予約がびっしり詰まっている。5月1日から6月末日まで毎日複数のグループが入っている。7月に入ると今度はツーリストで賑わう。
とりあえず8日から2週間は全て忘れてのんびりしたい所だが・・・。
122.休暇の度に<その2>
(4月6日更新)
今晩も手違いから人手不足で忙しい思いをして、ようやく帰って来たところであるが、日本にいては中々更新も出来ないだろうから短くても更新しておく事にした。
今日は朝から雪が降って積もるほどだった。と言ってもやはり去年の様な吹雪の4月と言う感じではない。気温も低くないから、やがて霙にでも変わるのではないかと思う。
しかし、マイルドな天候とは裏腹にル・ムーラン ウェイクフィールドの調理場は嵐の様相を呈してきた。パディに内々に呼ばれ、彼がこの夏を持って辞任すると言う意向を伝えられた。未だ調理場でこの事を知っているのは私とロメイン、ツェアのマネージャー陣だけだが、日本語のこのページならまあ書いても良いだろう。
勿論直接にはロメインがいなくなることが引き金になったに違いない。
彼の言によると、「もう料理するのが嫌になった」との事。元々彼は自分が現場に立ちたがるシェフで無い事は再三書いてきたが、ここまではっきり料理が嫌になったと言われては引きとめようがない。確かに彼は自分で新しい料理を考える事もあまりないのは、国立芸術劇場のイベントでさえ、私とロメインの「2人のスーシェフの競演」として自分のメニューを出さなかった事でも明らかだろう。ロメインがいなくなれば、ある程度自分が現場に立たなければならないとなると、体力的にも自身が無いのではないだろうか。
夏の終りまでは居て、次のシェフに引き継いでから辞めるという事だからそう急な話ではないが、また私が休暇から帰ってきて驚いてはいけないと言うので今意志を明らかにする事にしたと言う。最早休暇前でも後でも私にとっては大して変わらないとも言えるが、それでもサプライズが後に待っているよりは良いかもしれない。
夏までにオーナーに後任のシェフを探してもらう事になるだろう。ロメインが辞めた後、総料理長までいなくなれば、当然残った私が「私に任せてください」と言うのが筋かもしれないが、これは迂闊に引き受けられない。大体私は組織の長には向いていない。調理場が2〜3人くらいの所でシェフをやるなら喜んで引き受けるが、何人も雇ってやる難しさは長年色々な所で見てきたし、この分野では「私の方がうまくやれる」と言うのは残念ながら無い。料理そのものなら、そういう自信もあるが、ホテルの調理場の経営は全く別な問題だ。増してやこの不況の波を受けて、誰がやっても難しい状況でもある。
そもそもオーナーも今までの経緯から、私にやってくれとは言ってこないだろう。パディは飲食業のマネージメント専門家として更に大きな組織で働きたいと思っている様だが、確かに彼にはそれが向いていると思う。
皆自分の道に進んでいくのだから、私もそろそろ自分にあった新しい選択肢を探すのも良いかもしれない。ジョルジュが辞めた直後の様なしがらみももう今は無いのだから。
そのジョルジュがさっき電話を架けてきた。「誰か分からないけどシェフを出してくれと言ってるので替わって下さい」とジャスティンが言うので替わったら彼だった。「総料理長を探すんだって?パディは辞めるのかい?」と開口一番。とんでもない早耳だが、私やツェアに話す前にオーナーに意思を伝えている筈で、オーナーが第一に相談するのはやはりジョルジュだろうから不思議は無い。しかし、調理場の他のメンバーには未だ内緒なのだから傍で聞いているジャスティンに分からない様に応対するのに苦労した。ジョルジュに理由を聞かれ、「料理が嫌になったそうで・・」と説明するのも何だか気恥ずかしかった。
それにしてもくどいようだが、何故私が休暇を取る度にこんな事になるのだ。他にも色々と頭の痛い問題が待っているようで、休暇後を考えると聊か憂鬱だ。
123. 負の遺産。
(4月30日更新)
休暇から帰ってほぼ1週間が過ぎ、4月も今日で終りだ。休暇の話は来月書く事にしよう。
やはり・・・と言うか、私の休暇中にまた事態は進展していた。その2週間足らずの間にオーナーは20人以上面接し?、その結果、他店に移るのを思い留まったロメインが選ばれたと言う。元々彼の本音としては、自分でメニューを書いたり、料理したりしない総料理長の下で働く事に嫌気がさしていたと言う事の様だ。
私は立候補しないと言っているのだから、ホテルとしてはこれが一番混乱が無くて、それはそれで結構だと思う。
ロメインはしかし、今の状況が分かっている筈で、無論彼なりの勝算があっての事だろうが、正直少し心配ではある。例えば1年前なら1月から12月まで団体予約も一杯と言う状態で、忙しさをコントロールできる人間なら遣り甲斐があった。仮に急に客足が落ちたのが料理やサーヴィスの低下の所為とか言うなら、「よし、自分が総責任者となって・・・」と言う気持ちにもなろう。こういった状況下なら勿論難しい仕事にはなるが私も是非やってみたいところだ。しかし、今年に入ってからの落ち込みは世界同時不況のあおりをもろに食らった形だ。背に腹は代えられないと言うが、食材の仕入れ(ガソリン代は下がったが食材の料金は上がる一方だ)も徹底して落とすばかり。パディはオーナーと自分が退任するまでにここ数ヶ月上がりっぱなしの原価率を正常に戻す約束をしたとかで、今それに集中している。実はこの事が非常に後任の足を引っ張りそうだと私は感じている。パディ、私、ロメインの3人(プラス パティシェのツエア)で2年前からマネージメントチームを組んで以来徹底して無駄を省き、私も日本人らしく半端な食材に再び命を吹き込む事に腐心してきた。無論それはこの数ヶ月も例外ではない。それを承知でパディがこんな約束をしたからには、可能な限り発注をしないようにし、やむを得ず発注する食材のレベルも落とす筈だ。否既に彼はその方向で動いている様に見える。この方法で予定を達成して、自分の仕事は終わったとばかりにパディが去ればロメインに負に遺産を残す事になるのではなかろうか。お客様は食材のレベルの変化には敏感だ。私の仕事は原料費や人件費を落としても料理、サーヴィスのレベルを落とさないようにする事だと考え、今もその事に集中している。私が総料理長に名乗りを上げない理由は前回も書いた様に、私自身自分に合った新しい道を模索している為でもあるが、このホテルに在籍している限りはこの方針を貫きたい。
しかし、上記の様な負の遺産を引き継いだとしたら、ロメインにとって非常に苦しい仕事になるだろう。彼は経営の才能は私より上だと思う。だが彼の本領はクリエーションにある。強引に下げた原価そのままでは納得するものを出せないだろう。と言って急に高い食材に変える事は無理だろうから、或る意味手足を縛られての運営になる可能性が強い。
こうした事を掌握した上で彼が名乗りを上げたのかどうか・・・私が不安を感じるのはその点に尽きる。
勿論前述した通り、私がこのホテルにいる間は全力でサポートするつもりだが。